日本アニメが苦手な理由

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日本アニメとピクサーアニメの違い

日本アニメとピクサーアニメの違いは何だろうか。自分が感じるのは日本アニメの方が作家性へのこだわりが強いということだ。そのため日本アニメもCGが使われれているが、手書き風の作画法を基本とし作家の個性を出している。

一方ピクサーアニメは特徴のないテンプレート的造形から始めて何度も細部を膨らませ、修正しながらキャラクターを作っていく。

ピクサーアニメも監督が作品の方向性を示すので、作家性がないわけではないが、集団の意見を集め映画を作るというシステムになっている。

幼稚で単純な人物造形

自分が日本アニメを苦手としているのは、作家性が強いために独りよがりになりやすいところである。ほとんどと言っていいほどアニメ作家の人物造形は幼稚で単純なので、人物の作り込みが浅く登場人物に感情移入できない。類型的な人間関係が描かれるだけだから、見ているうちに退屈さを感じてしまうのだ。

日本アニメ作家のつまらないところは、作画の美しさやありがちな心理描写ばかりに力を入れて、キャラクター造形に工夫がないところだ。登場人物が生きていないので、ストーリーに膨らみがない。いい物語を作るにはもっと多彩に人間を描かなければならないのに、それが分かっていないのだ。

あと日本アニメ作家の特性として、いつもうんざりするのがヒロインへの聖女信仰である。聖女信仰とは身も蓋もない言い方をすれば、汚れていない少女に性的妄想を膨らますような女性嗜好のことである。だからアニメのヒロインには清純キャラを好むくせに性的描写が差しこまれる。

性的で類型的な女性描写

例えば新海誠監督の『君の名は』では入れ替わった体の胸を揉むシーンは要るだろうが、自転車のパンチラシーンは不必要だろう。

宮崎駿監督の『となりのトトロ』や『崖の上のポニョ』では、幼女が四六時中下着を露出させているのは無邪気の表現かもしれないが、ロリコン指向ともいえる。しかし『崖の上のポニョ』を見たとき、声優選びが余りにもヒドかったのでジブリ作品を見る気が失せて以来もう興味がない。

別に性描写に関心がないわけではないが、アニメヒロインは定型で終わらせずもっと女性を広く深く理解すべきだし、こだわるべき所はもっと別にあるような気がする。いくらアニメがクールジャパンの目玉と言っても、一部のマニア向けに終わっていてはそれ以上の広がりは出てこないだろう。

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