その男、凶暴につき

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1980年に漫才ブームが沸き起こると、群れの中から突然とんでもなく凶暴な奴が現れた。その男は漫才とはいえない一方的なしゃべりで機関銃のように毒ガス弾を撃ち続けると、観客たちは度肝を抜かれながらも、世の中をひっくり返すような痛快さに手を叩きながら喜びの声を上げたのだ。

30歳を過ぎながらやんちゃ坊主の面影を覗かせる男の毒ガス弾には、鋭い社会風刺とシニカルな人間感が込められいて、あまりの刺激の強さに多くの人々が中毒に冒されていった。

世間を騒がせたその凶暴な男こそ、ビートたけし・・・北野武だった。

と、少し大げさに書いてみたが当時の北野武はそれくらい衝撃的な存在だったのだ。だが70歳を越した現在の北野武は、わずかに当時の面影を残すだけでもはや笑えない存在となってしまった。

芸人の仕事は続けているものの年齢による衰えか、言葉に詰まることも多くもともと滑舌が良いとはいえなかったのに、よけい話が聞き取り辛くなっている。それどころか話が空回り状態に陥っているのに気づかず、一人悦に入って喋り続けている姿は、裸の王様を見るようでとても痛々しい。

実は北野武が笑えない存在になったのは、ずいぶん前からだ。二度の破滅的行為はコメディアンとしてのパワーを弱めてしまった。ことに飲酒でのバイク事故で死にかけた後、麻痺の残る顔で記者会見に臨んだのは致命的だった。あの歪んだ顔の衝撃は北野武がお笑い芸人であることを忘れさせてしまったのである。それ以降、人々は北野武で笑うことが出来なくなってしまった。

北野武の文化人的存在感が大きくなったのも、笑えなくなった原因である。純粋な芸人であろうとすれば、権威や教養は邪魔になるのだ。ただ北野武の才能は、彼を一つの場所に閉じ込めておくことを許さなかった。

北野武の個性には芸人にとどまらない深さがあり、そこを大島渚監督に認められて「戦場のメリークリスマス」に抜擢され役者としての評価も受けるようになる。そうして映画の世界に導かれていった北野武に、監督をする機会が訪れる。それが『その男、凶暴につき』という映画だ。

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