スポンサーリンク
スポンサーリンク

スポーツにおける新しい指導者のありかたについて

スポンサーリンク
スポンサーリンク
アマチュアスポーツの指導者

今年に入ってスポーツ指導者のパワハラやルール無視、スポーツ関係団体の権力構造のありかたが問題となっている。プロスポーツは別の話として、アマチュアスポーツにおいて指導者とはどうあるべきか、先日ある情報番組で特集されていた。

番組では例として3人の高校部活監督の指導ぶりがVTRで紹介されていて、非常に興味深いものだった。最初に紹介された2人は典型的な熱血型の監督で、練習中選手たちにスパルタ方式で接し、昔ながらの上位下達による指導の様子を映し出していた。

新しい指導者像

どうでもいいが、その後フォローするように監督がちゃんと選手に慕われ信頼関係も出来ていますよみたいな場面もあり、ここら辺はいかにもテレビ的演出で安っぽい。

残る1人の監督は選手に練習を押しつけるやり方ではなく、選手自身が考え自主的に練習する環境つくりに重点を置く指導法だった。つまり監督は練習においては指導者というより、アドバイザーと言ったほうが近いのだ。実は今こちらの指導方法が増えつつあり、選手たちは自主的に考え行動するようになる。このやり方でちゃんと実績も上がっているようだ。

この番組出演していた橋下徹は前者二人のような指導法を否定し、大阪の首長時代に部活のいじめ問題を経験してはっきりした上下関係のもとの指導は必ず問題が起きると断定していた。いかにも橋下徹らしい決めつけ方だが、頷ける点は多い。ただその話の流れで甲子園大会が諸悪の根源で無くすべきだと言っていたのは、少し極端だろう。

勝利至上主義の弊害

もっとも今の甲子園大会のありかたに問題が多いのは確かだ。一番大きな問題は大人たちの思惑が優先され、選手ファーストの大会になっていないところだ。出場校の監督の中には平然と勝利だけに意味があると公言する者もいるが、高校スポーツが教育の一環という建前からすればおかしな話だろう。

甲子園での勝利至上主義の試合といえば、古くなるが松井秀喜の5打席連続敬遠が頭に浮かぶ。当時それを指示した監督は、エースの故障もあり戦術的に間違いなかったと言い切っているが、やはり勝利至上主義で選手無視の考えに陥っていたと言えるだろう。

怪物・松井秀喜が相手とはいえ、同じ高校生の試合なのに腰が引けすぎだ。選手同士がこれまでに培ったものをぶつけ合うことが一番大切であるはずなのに、負けを恐れすぎている。選手より学校や自身の思惑を優先した結果だと言えるだろう。

大人の思惑で将来性のある選手を潰して欲しくないし、醜い試合も見たくない。選手ファーストの新しい指導者と、時代に合った指導法がいま求められている。

タイトルとURLをコピーしました