毎年10月14日は鉄道の日だそうだ。大正10年に鉄道開業50周年と、鉄道博物館が開館したのを記念して制定されたということなので歴史は古い。ということで、やや強引ではあるが鉄道や列車が印象的に扱われている映画をいくつかここに挙げてみたい。
ただしとても書ききれなくなるので最近の映画は省かせてもらい、昔の映画にフォーカスして取り上げさせて頂く。
まず日本映画では先日、プレミアムシネマで放映された黒澤監督の『天国と地獄』における特急こだまでの身代金受け渡しシーンが有名だ。
そして黒澤監督の鉄道映画といえば、幻の企画とはなったものの『暴走機関車』がある。この時の黒澤脚本を原案として1985年にA・コンチャロフスキー監督による『暴走機関車』が作られたが、ドラマ性が希薄な作品で評価は今ひとつだった。
それから『暴走機関車』に構想を得て作られたのが東映の列車パニック映画『新幹線大爆破』で、この作品は国内だけではなく海外でも高い評価を受け国際的なヒット作となった。
ちなみにキアヌ・リーブスやサンドラ・ブロックの出世作となった『スピード』も、乗り物がバスに入れ替わっているが黒澤脚本の『暴走機関車』をヒントに作られた映画だ。他にも日本の列車パニック映画としては松竹制作の『皇帝のいない八月』がある。
変わり種としては、映画評論家水野晴郎が監督兼主演で作った『シベリア超特急』シリーズがカルト的な評価を受けている。明らかにベニア板で作ったと分かるチープな美術や、見切れを恐れない大胆な映像でまず観客をくじかせる。そして走行中にもかかわらず全く揺れない列車という謎の演出により、カメラの方を動かすという簡単な小細工さえ放棄している。
とうとう最後には、主演の水野氏がカメラに目線を向けたまま棒読みで反戦を訴え始め、我々は戸惑いのあまり違う意味で涙が溢れ出す。もはや水野氏がガチなのか遊んでいるのか、考えるほど眠れなくなるので要注意だ。
『シベリア超特急』はアルフレッド・ヒッチコック監督の『バルカン超特急』のタイトルをもじっている。『バルカン超特急』はヒッチコック監督イギリス時代の傑作スリラーである。事件に巻き込まれた主人公が列車という限られた空間で手に汗握るサスペンスを繰り広げる、ヒッチコック映画の原点というべきストーリーだ。
列車を使った密室スリラーといえば、シドニー・ルメット監督の『オリエント急行殺人事件』だろう。アガサ・クリスティ原作のこの映画は、ショーン・コネリー、リチャード・ウィドマーク、イングリッド・バーグマンなどが出演するオールスター映画でもある。2017年にリメイクされているが、こちらの方もジョニー・デップなどの豪華俳優陣が共演するオールスター映画になっている。
ヨーロッパにも列車もののオールスター映画がある。イタリア・イギリス・西ドイツ合作で1976年公開のパニック映画『カサンドラ・クロス』だ。ソフィア・ローレン、バート・ランカスター、リチャード・ハリスなど名優たちが多数出演しているが、その中には『地獄の黙示録』で有名になる前のマーチン・シーンや数年後に妻殺しの容疑で逮捕されるO・J・シンプソンなどもいる。
この映画の見せ場は、深い峡谷に掛かる鉄橋の崩壊と走り抜けようとする列車の転覆シーンだ。子供の当時は迫力ある映像に感じられたが、今見ると大きな模型で撮っているのが丸解りで少しがっかりしてしまう。同じ年にアメリカでは『大陸横断超特急』という映画が公開されており、こちらも暴走した列車が駅に突っ込むというパニック映画だった。
他にアクション系の鉄道映画では、ウォルター・マッソー主演の『サブウェイ・パニック』やリー・マービン、アーネスト・ボーグナイン主演『北国の帝王』とスティーブン・セガール主演『暴走特急』あたりが見応えのある作品だ。しかし列車を使ったアクション映画で外せないのが、007シリーズ2作目の『ロシアより愛をこめて』だろう。
この映画ではショーン・コネリー演じるジェームズ・ボンドが、犯罪組織スペクターの仕組んだ罠でオリエント急行に乗り込み危機一発の状況に陥る。そこから、ロバート・ショウ演じるスペクターの凄腕殺し屋と列車の個室で繰り広げる攻防戦は、シリーズ屈指の名場面といえるだろう。この列車での格闘シーンは、のちに同シリーズの『死ぬのは奴らだ』や『私を愛したスパイ』でも繰り返される事になる。
『カサンドラ・クロス』では列車の転覆場面に模型が使われたが、実際に鉄道橋を爆破し本物の機関車を転覆させているのが、名匠デヴィッド・リーン監督の『戦場にかける橋』だ。この映画は戦時中東南アジア諸国を支配していた旧日本軍が、泰緬鉄道建設にイギリス人捕虜を強制動員した話を元にして作られている。
映画の最後でイギリス人将校が自尊心を賭け建設した鉄橋が破壊され、輸送機関車がクワイ河になだれ落ちていく迫力のシーンは、まさに人間の愚かしさを感じさせた名場面だった。密林の大自然を背景に人間の尊厳と狂気、殺し合いの虚しさを鮮やかに描いた戦争映画の傑作である。
デヴィッド・リーンと鉄道といえば、他にも印象深い作品がある。初期の傑作『逢いびき』は鉄道駅が舞台となっているし、大作『アラビアのロレンス』ではアラブ人部隊を率いるイギリス人将校ロレンスが、砂漠を走る線路を爆破し転覆した列車を攻撃する大掛かりなシーンに目を奪われる。
文芸作品『ドクトル・ジバゴ』の寒く厳しい自然の中を駆け抜けるシベリアの列車を、悠然と描写する感性は鋭い。だがその中でも列車の場面が印象に残るのは『旅情』における駅のお別れシーンだろう。
キャサリン・ヘプバーン演じるアメリカのハイ・ミスが旅行先のベネチアでイタリア人男性と恋に落ちる。だが、やがて彼女は現実を悟り、元の生活に戻るためベネチアを去ることにする。そんな甘くてほろ苦い、大人の恋愛物語である。ラストシーンで走り去る列車の窓から身体を乗り出して、旅先の恋人だったイタリア男に手を振り投げキスを送るキャサリン・ヘプバーンの笑顔が爽やかだ。
同じヘプバーン繋がりで、別れを悲しむオードリー・ヘップバーンがラストで列車に引き上げられ連れ去られて、ハッピーな気持ちにさせる『昼下がりの情事』も素敵なロマンチックコメディだった。あとヨーロッパの名作としてはイタリアネオリアリズムの代表作のひとつ、ピエトロ・ジェルミの『鉄道員』も忘れられない。
サイレント映画時代までさかのぼると、笑わぬ喜劇王バスター・キートンが機関車と追いかけっこをするシーンで有名な『キートン将軍』や、ジョン・フォード監督の『アイアン・ホース』、フランスのアベル・ガンス監督による『鉄路の白薔薇』などがある。