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小津の魔法使い

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老け役の名優 笠智衆

先日プレミアムシネマで小津安二郎監督『お茶漬けの味』『早春』『東京暮色』の3作品が放映されていた。この3作の前後に『東京物語』『麦秋』『晩春』といった傑作が作られており、小津監督が最も充実していた頃の作品と言っていいだろう。

『お茶漬けの味』を見ていて、笠智衆がまだ若かったんだということに気がついた。この作品の翌年1953年に公開された名作『東京物語』における老いた父親の印象が強く、もっと年がいっている印象だった。

『お茶漬けの味』公開時の笠智衆は48歳で、この映画ではちゃんと年相応の姿を見せている。だが翌年公開の『東京物語』でまだ49歳のはずの笠智衆は、どう見ても70歳くらいにしか見えない。ちなみにこの時笠智衆と夫婦役を演じていた東山千栄子は63歳だったが、つれあいとしてごく自然に見える。これは小津の魔法使いならぬ、笠の魔法使いといったところだろうか。

映画監督が選ぶ史上最高の映画

小津安二郎はヨーロッパで人気がある監督で、彼の代表作『東京物語』は英国映画協会が2012年に発表した「映画監督が選ぶ史上最高の映画ベストテン」で1位に選ばれている。『東京物語』の何が、世界の監督たちを引きつけるのだろう。

小津安二郎の映画といえばテーマはいつも家族の崩壊あるいは再生であり、頑固なくらいそこは変わらない。ただ今回放映された3作を見ると、60年~70年前の作品だけあってさすがに価値観や女性観の古さは拭えず、今の人には現実味の欠けるストーリーだ。

しかし小津映画の本質は、ストーリーではない。その端整に作られた映画スタイルを鑑賞することに価値がある。小津映画は小津監督によって構図・役者の演技・画面の流れ・余韻を残す編集、と全てが完璧にコントロールされていてその美しさを堪能すれば良いのだ。

そんな小津映画の中でも、最も完成度の高い作品が『東京物語』だろう。初めてこの作品を見たのは20代で、その時は特に惹かれるものを感じなかった。だが、NHKでたびたび小津作品が放映されており、繰り返し見ているうち癖になってしまうのだ。

小津の老練なマジック

小津組常連の俳優たちが作品が変わっても似たような役を演じ、いつも見るような日本家屋の部屋で変わらぬ家族の物語が進む。

あのローポジションのカメラアングルと、計算された人物配置による安定した構図。カメラはパンもチルトもせず、切り返しのショットだけで描かれる登場人物の会話シーン。年輩者となった今は、そんなしっとりとした映像に心落ち着かされる。

まさに小津の魔法使いの老練なマジックに、嵌まってしまったということなのだろうか。

家族をテーマとした小津作品の中でも『東京物語』は普遍的な物語になっている。家族というものは絆があっても、それぞれいつか何かの理由で離れてゆく。それは国や年代が違っても変わらない事実だ。映画はそうした家族のありかたを受容し、淡々と観客へ伝えている。

映画の最後で笠智衆は、亡き息子の嫁である原節子の縛られていた心を解放する。家族は離れていくだけではない。巣立っていくのだ。

ラストで静かにため息をつく笠智衆が愛おしい。

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