史上最低の監督 エド・ウッド

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アメリカに史上最低と呼ばれる監督がいる。その監督の名はエドワード・デイビス・ウッド・ジュニア。エド・ウッドと呼ばれている男で、主に1950年代に低予算の自主映画を撮っていた監督だ。

第二次世界大戦を太平洋区域の海兵隊員として勇敢に戦ったウッドは、そこで前歯のほとんどを失った。大きな野心を抱いてハリウッドにやって来たのは、1947年のこと。最初は俳優を目指したが、やがて自分こそ次のオーソン・ウェルズだと夢想し、監督になった。

だが天才ウェルズとは異なり、セットがチープでも、撮影機材が丸見えでも、たとえ俳優が大根揃いでも、まるで気にしない監督。それがハリウッドの異端児、エド・ウッドだった。たがエドは不真面目に映画を撮っていたのでは無く、彼なりに真面目な気持ちで取り組んでいたのだ。

だが真面目に取り組んでいるはずなのに、何故か出来上がった作品はツッコミどころ満載となっている。全ての根源は、何があってもへこたれない、奇妙で倒錯したエドの楽観主義。そこが面白がられて、史上最低の監督と呼ばれているようだ。

エド・ウッドの代表作に1959年の『プラン9・フロム・アウタースペース』という、監督・脚本・製作を兼ねたSFかホラーかよく分からない作品がある。低予算映画だが役者は割合まともで、特殊メイクキャップもそれなりだ。しかしそれを除けば気の利いた演出も演技指導もなく、セットや小道具はとてつもなくチープで高校生が作った自主映画並みかそれ以下なのだ。

この映画はドラキュラ役者として有名だったベラ・ルゴシを主役としたモンスター映画となるはずだったが、わずかなシーンを撮っただけで彼は亡くなってしまう。通常なら中止するか違う役者で撮り直すところだが、ルゴシを敬愛していたエド・ウッドは彼の残したわずかなシーンを作品の中で何度も使い映画作りを続ける。ルゴシが演じるはずだった他のシーンは代役が顔を隠して演じているが、動きがまるで違うので別人丸出しで不自然きわまりない。

他にも灰皿みたいな円盤とか、影が写りまくるペイントの背景とか、操縦桿も計器も無い飛行機のコックピットとか、警察が出動して現場に着くまで、夜・昼・夜と切り替わっている所とか、怪物が襲ってきても直立不動で待っている人々とか、ツッコミどころを上げていったらキリが無い。

しかしエド・ウッドがこれらのツッコミシーンを狙って撮っているとか、やる気が無いとかそういうことではない。彼は大真面目で作品に取り組んでいた。ただ細かなことを気にしないし、都合の悪いところがなぜか見えないという彼の性質が、作品の低クォリティーを保たせてしまった。

だからストーリーは支離滅裂でちっとも面白くないが、その阿呆らしさを味わう分には、充分楽しい映画となっている。エド・ウッドに監督の才能は無かったが、彼は映画を愛してやまない男だったのだ。

彼の半生は94年のティム・バートン監督『エド・ウッド』で描かれており、無能で人一倍善良な男エド・ウッドをジョニー・デップが演じている。異形への愛を描いてきたバートンはエドに親近感を抱いているようで、「この男は半端なく奇妙だ。彼が僕を魅了するのはそこなんだ」と語っている。

ちなみにバートンが96年につくった『マーズアタック』は、エドの『プラン9~』にオマージュを捧げた作品である。

他にもエド・ウッドのファンと言われているのが、ジョン・ウォーターズ、デヴィッド・リンチ、サム・ライミ、クエンティン・タランティーノといった監督達で、いずれもくせ者揃いなのが面白い。

だが『プラン9~』以降は、映画への情熱が衰えてしまったエド・ウッド。晩年はアルコール中毒の映画製作者として、54歳の生涯を終えた。

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