マイケル・チミノ「天国の門」

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マイケル・チミノと言えば、ベトナム戦争帰還兵士を扱った『ディア・ハンター』でアカデミー作品賞に輝いた監督だが、彼のキャリアは次作の失敗でほとんど終わってしまう。それは呪われた問題作と言われた『天国の門』が物議を醸し、彼を敬遠したハリウッドの映画界から干されてしまったからである。

『天国の門』はアメリカ西部開拓時代に起きた“ジョンソ郡戦争”を題材にした作品で、当初は1100万ドルの予算で制作される予定だった。しかしこだわりの強い完全主義者チミノは撮影にあたり、どんどん要求をエスカレートしてゆく。最終的に制作費は4400万ドルまで膨れ上がってしまったが、完成した映画は大不評で世間や評論家から大バッシングを受けてしまう。

チミノはこの映画のための掛かりなオープンセットをモンタナのロケ地組むよう、映画会社ユナイテッド・アーティスツに要求する。それは当時の西部の町を丸ごと再現し、数分間の列車のシーンのために駅を造り線路を敷設して蒸気機関車を走らせることだった。

さらに大勢のエキストラと沢山の馬を用意させ、馬車や手押し車は細部までこだわり当時の物を再現させた。そして衣装には化学繊維を使用することを禁じ、全て手縫いで作らせ小道具は本物を集めるなどこ彼のだわりは止まらなくなる。

チミノは町のセットが気に入らないからと改築させ、気が済むまでシーンを取り直して撮影日数はどんどん伸びていった。終わらぬ撮影に映画会社の重役が視察に来るが、忠実に再現したセットの見事さに惑わされ続行を認めてしまう。スタッフ達はこのままでは大変なことになるのは分かっていたが、暴走するチミノ監督を止められる者は誰もいなかった。

映画は完成したものの、最初の編集では5時間半という長さだった。さすがにユナイテッド・アーティスツはこれを認めず、映画は219分に削られたものが一部で公開された。しかしこの映画は観客や批評家から不評を買い、さらに149分に短縮されたものが一般公開されるものの、評判の悪さは拭えず一週間で上映打ち切りとなったしまったのだ。

映画の興行成績は348万ドルに終わり、出資したユナイテッド・アーティスツは大赤字を出してのちに倒産してしまう。このあとチミノはハリウッドの映画会社から相手にされなくなり、いくつの映画を作っただけで彼の名誉は回復されることは無かった。

『天国の門』の映像は美しく情緒性豊かだが、一方で脚本には問題があり内容は冗長で人間関係もはっきりしない。映像美ばかりにとらわれて、結局何が言いたいのか分からないのだ。一回アカデミー賞を獲っただけでチミノは天狗になってしまい、独善的に突き進んだ結果の失敗である。

はるか昔のサイレント時代にも、こだわり過ぎて失敗したエリッヒ・フォン・シュトロハイムという映画監督がいる。D・W・グリフィスやセシル・B・デルミと並んでサイレント時代の三大監督と呼ばれ、リアリズムを追求した芸術性の高い映画を作った監督だが、完全主義者の浪費家として知られている。

シュトロハイム監督もモンテ・カルロの街並みを再現した大掛かりなオープンセットを造り、ほとんど画面に写らない小道具まで本物にこだわって膨大な制作費を使って『愚かなる妻』という映画を作っている。この映画も最初は8時間に及ぶものだったが、映画会社と揉め結局2時間足らずにまでカットされた。

そののちも莫大な制作費を使ったり俳優・スタッフとトラブルを起こしたため、ついには映画作りの道を閉ざされてしまうことになる。まさにマイケル・チミノの先駆け的な呪われた監督といえる。

ちなみにシュトロハイムは監督業を退いたのちも俳優として存在感を示し、ジャン・ルノワール監督『大いなる幻影』やビリー・ワイルダー監督『サンセット大通り』で印象深い役を演じている。

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