「浮草」と宮川一夫

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小津安二郎監督と組んだ唯一の作品

前回前々回の記事で名カメラマン宮川一夫さんについて触れさせてもらったが、彼が小津安二郎監督と組んだ唯一の作品が、1959年公開の『浮草』だ。小津がたまたま大映で映画を撮ることになり、この顔合わせが実現することになった。主演は京マチコと中村鴈治郎で、当時26歳の若尾文子が息子役の川口浩を誘惑する女性を艶やかに演じている。

ただ、この映画は小津がサイレント時代の1934年に撮った『浮草物語』のリメイク作品で、あまり設定を変えずに作っているため時代錯誤的なところもある。そのため小津作品の中では決して評価の高い映画ではないが、激しい雨が降る道路を挟んで京マチコと中村鴈治郎が罵り合う場面は有名である。

このシーンは宮川一夫の進言でカメラをロングに引いて二人をワンカットで捉え、それぞれのアップを別撮りして後から差し込むという手法を用いている。普段小津はこんな撮り方をしないので、この場面は小津映画には珍しい動的なシーンとなっている。

カラー撮影への工夫

小津作品のカラー映画としてこの『浮草』が3作目となるが、小津はようやくこの作品でカラー映画の要領が分かってきたと言っている。今とは違うだろうが、当時のカラーフィルムでは照明の光量によってスクリーンに映る色が違ってくるので、撮影の度にそのことを考慮しながら撮る必要があったようだ。

小津のカラー作品を見ていると、やたらと赤色が使われているのに気がつく。これは単に小津が赤色を好んだと言うだけでなく、画面にアクセントを付けるという意味もあったようだ。

小津の初めてのカラー映画『彼岸花』で象徴的なのが赤いヤカンだ。カットが切り替わる度に微妙にヤカンの置き位置が変わっていて、常に画面へヤカンが写し出されるよう意図されている。

『浮草』を見ると、着物の帯や郵便ポストならまだ自然だがバケツや団扇にまで赤を塗って画面に登場させている。小津がそこまでして、赤色に強い拘りを持っていたことが窺え面白い。

銀残しの手法

しかしこの作品には、他の小津映画ではまず見かけないシーンがある。旅廻り役者たちが幟(のぼり)を持って町の坂道をねり歩き、人々に触れ回るシーンが俯瞰で撮られているのだ。小津映画と言えばローアングルでの撮影スタイルが確立していて、人物の俯瞰ショットなどまずあり得ない。

この坂道のシーンの撮影でローアングルだけでは難しいと考えた宮川一夫が、俯瞰ショットとローアングルショットの両方を撮ってみたようだ。結局小津監督が俯瞰ショットの方を採用したため、小津作品には珍しい人物の俯瞰ショットがこのシーンで出現する。宮川一夫はずっと、この俯瞰ショットが小津調を崩していないか気にしていたようだ。

1956年に溝口健二監督が亡くなった後、宮川一夫は市川崑監督との仕事が多くなる。1960年の『おとうと』では、市川監督と宮川カメラマンが初めて銀残しという手法を使っている。

銀残しとは、銀をあえて取り除かずフィルムに残しておく現像処理のことである。この銀残しの現像を行なうことでフィルムのコントラストが強まり、深みのある重厚な映像を作り出すことが出来るのである。

『おとうと』では、この銀残しが画面にノスタルジックな雰囲気を生み出すことに成功している。この手法はのちに『セブン』や『プライベート・ライアン』にも使われ、画面のざらついた感じが猟奇犯罪や戦争の荒廃したイメージを描き出すことに貢献している。

宮川一夫さんは80を越えるまで現役を続け、世界の映画人から尊敬されるカメラマンとして生涯を貫いた。

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