鹿島の東北魂 小笠原満男引退

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黄金世代の陰の存在

今期限りでの引退を発表した鹿島アントラーズの小笠原満男が、28日に引退会見を行なった。98年岩手県の大船渡高からJリーグ入りすると、イタリア・メッシーナに移籍した1年を除きほぼ20年鹿島でプレーしてきた。いわゆる黄金世代の一人で、同期のチームメイトにも中田浩二、本山雅志、曽ヶ端準などがいる。

小笠原選手は1999年FIFAワールドユース選手権の準優勝に貢献したメンバーだが、U-23五輪代表チームでは活躍の場を失ってしまう。

小笠原のポジションである中盤には中田英寿、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一、遠藤保仁など強力なライバルがひしめき合っていたこともあるが、闘志が表に出ないところをトルシエ監督に評価されなかったからでもある。

鹿島の中心選手として長く活躍

もちろん小笠原選手は闘志を内に秘めていたのだが、エキセントリックなフランス人には東北人の性質が理解されなかったようだ。トルシエが小笠原を激しく叱責して、練習の場から追い出す映像が残っている。

その後2002のワールドカップメンバーには選ばれたが、ほとんど活躍する場は与えられなかった。2006年ジーコ時代にもワールドカップメンバーに選ばれ、この時は2試合に先発出場を果たした。

3.11の東日本大震災の時は東北人としていち早く行動を起こし、地元岩手での復興支援に携わった。その後もたびたび被災地を訪れ、東北サッカー復興のためのボランティア団体も立ち上げるなど今も活動を継続している。

正確な技術と優れた判断力でJリーグ屈指のゲームメーカーと呼ばれたが、黄金世代の中では地味な存在となってしまった。それでも強豪クラブ鹿島の中心選手として長く活躍し、サッカー界に残した実績は大きいと言えるだろう。

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