黒澤明「赤ひげ」

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1965年の『赤ひげ』は黒澤ヒューマニズムの集大成で、デビュー作『姿三四郎』以来描いてきた師弟物語の完成形でもある。重厚感に溢れた3時間余りの大作で、江戸時代の医療施設・小石川養生所を舞台に、恵まれぬ環境に苦しむ患者に接しながら成長していく若者を描く人間ドラマだ。

“赤ひげ”の仇名を持つ療養所所長の新出去定を三船敏郎、新米の蘭学医・保本登を加山雄三が演じている。実質的な主役は加山演じる保本の方だが、三船演じる“赤ひげ”の貫禄と存在感はやはり圧倒的だ。赤ひげは黒澤が描く師匠像の理想で、医術を極めた弱者に優しい医師というだけでなく、金策などの世俗的な交渉にも長け、おまけに腕っ節も強いというスーパーマンである。

この『赤ひげ』は、三船の黒澤映画初出演となる『酔いどれ天使』に通じる作品だ。どちらも使命感を持ち底辺に苦しむ人々の治療に当たる医者が登場し、そして行き場を求める若者との関係が描かれる。だが戦後の混乱期に作られた『酔いどれ天使』と、世界的巨匠となった黒澤が作った『赤ひげ』では自ずと違いがある。

まず『酔いどれ天使』の志村喬演じる医者は無精ヒゲの酒好きなのに対し『赤ひげ』の三船は立派な髯を蓄えた威風堂々とした人物だ。また『酔いどれ天使』で荒々しいやくざを演じた三船と、育ちのよいお坊ちゃん然とした加山では迫力に違いがある。風格と完成度では『赤ひげ』だろうが、登場人物のキャラとエネルギーでは『酔いどれ天使』だ。

本当のところ、道徳本のような『赤ひげ』はあまり好きな作品ではない。黒澤の臆面もない人間愛描写が、妙に居心地悪いのだ。それに庶民に寄り添っているようで、導いてやるという上から目線があるのも気になる。これは『七人の侍』を始め黒澤作品によく見られる傾向だが、『赤ひげ』がいい話すぎるので余計にそう感じてしまうのだ。

赤ひげも保本登も、黒澤作品のメインキャラにしては定型的な人物設定だ。まあ三船は、この物語の豪華な重しと考えればこれで良いのだろが、加山の方はあまりにも設定が素直すぎて面白味がない。保本の葛藤と成長が加山の軽さもアリ、表面的に感じてしまうのだ。あと女性たちが井戸に向かって叫ぶシーンなど、感動の押しつけが多いのも頂けない。

それでも『赤ひげ』の重厚感とスケール感は黒澤作品ならではで、他の監督ではここまでの作品は作れないだろう。この映画は山本周五郎の短編連作をもとに脚本が作られているが、執筆に黒澤組の脚本家を動員し2年の歳月を掛けている。撮影も1年半に及び、舞台となる小石川療養所は巨大なオープンセットが建てられると、スタッフが1ヶ月間床を磨き、柱を擦り、道を踏み固めて生活感のある風景を作り出している。

娼家で虐げられた少女おとよ(仁木てるみ)の目を光らせるのに、キャッチ・ライトを正確に当て続ける撮影が行なわれたが、役者と動きを合わせるのに相当な苦労があったようだ。また庭一面に干した布団を写し出すシーンでは、奥行きを出すための照明も大変な作業が必要だったようだ。

この映画からは、開けられることのない薬箪笥に本物の薬が入れられていたとか、引き出しの内側にも全部塗装したあったというエピソードが語られている。だがこれは伝説で、もしもの時を考え幾つかの引き出しが開けらるように作ってあるだけだそうだ。

ただ黒澤の完全主義はそれを信じさせるくらい徹底したものだった。黒澤は最高の映像を作り出すため安易な妥協は許さず、スタッフや演者に対する要求も厳しかった。だがこの黒澤組の労力と工夫が、黒澤作品における画面密度の濃さを生んでいるのである。

黒澤と三船は互いに影響し合う関係で、三船なくして黒澤映画のダイナミズムは生まれなかったし、黒澤なくして三船の世界的名声はなかった。三船は黒澤に役者としての能力を引き出され、黒澤は三船の底知れぬ魅力に創作意欲を刺激されたのである。そして二人の組んだ『酔いどれ天使』から『赤ひげ』までの17年間が彼らの全盛期となるのだ。

だが三船のポジションはこの『赤ひげ』で究極の人間像までたどり着き、黒澤映画における役割を終えたと言える。この作品は二人が最後に組んだ作品となるが、黒澤にすれば偉くなった三船はもうこれ以上扱いようがないと感じたのだろう。そして黒澤は日本映画の衰退もあり、結果的には失敗したが活躍を海外の場へ求めるようになる。

この後三船は『デルス・ウザーラ』撮影中の黒澤をソ連まで表敬訪問し「ちょい役でもいいから出してくれないか」と訴えている。当然ながら黒澤の答えは「三船ちゃんをちょい役で出せないよ」だった。まだ黒澤映画で輝きたい三船と、別のステージに移った黒澤では、もはや考えはすれ違っていたのだ。

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