川島雄三「幕末太陽伝」

スポンサーリンク

『幕末太陽伝』は57年に公開された時代劇コメディで、鬼才・川島雄三監督の代表作だ。物語は幕末の品川に実在した『相模屋』を舞台に、生き生きとした人間群像劇が繰り広げられる。主役の居残り佐平次は古典落語の登場人物だが、フランキー堺がその役をエネルギッシュに演じている。

日活制作再開三終年記念と銘打たれ、『相模屋』の大掛かりなセットも忠実に再現している。出演者も豪華で、長州藩の志士役に石原裕次郎や小林旭、二谷英明などのスターが演じており、女優陣も南田洋子や左幸子などの熱演が見られる。

『幕末太陽伝』というタイトルは大ブームを起こした『太陽に季節』にちなんでいる。原作者・石原慎太郎の弟である裕次郎は、56年に映画デビューを果たすとたちまち人気者となったが『幕末太陽伝』の頃はまだ23歳である。その演技は棒状態で、歯並びの悪さも目立つがそこが初々しい。

映画の冒頭が現代の風景(昭和32年)から始まるというのも、当時の時代劇としては異色だ。若い長州藩士たちは現代風で、時計やオルゴールという文明アイテムも登場し、古典落語を題材にしながら感覚は新しい。ラストシーンも、監督はチョンマゲ姿の佐平次が現代の風景を駆け抜ける場面で締めくくりたかったようだが、これは周囲の反対で実現しなかった。

主人公の遊び人、佐平次は知恵を働かせしたたかに世渡りするが、その機転の良さで皆に頼りにされる存在でもある。だがいざというときには気骨も見せ、自分に刀を向ける高杉晋作(石原裕次郎)へ啖呵を切ってみせる。しかもエネルギッシュに立ち廻りながら、労咳持ちという暗い面もある複雑なキャラだ。

この佐平次という男は監督川島雄三の分身でもある。東北生まれの川島は複雑な生い立ちを持ち、映画界に身を投じると家に戻らず飲み歩くという生活を送る。そして若い頃から難病を煩い、余命の限りを悟っていたが精力的に仕事をこなしていく。川島は会社幹部と衝突しながら、映画で分身となる佐平次の生き様を描いていったのだ。

そして監督が主役に抜擢したのがフランキー堺である。ジャズドラマーから喜劇役者に転向して間もなかった彼は、軽妙でシニカルという持ち味を生かし、この難しい役を見事に演じて見せた。羽織にヒョイと袖を通す姿は粋でいなせ、佐平次の雰囲気たっぷりである。

この時のフランキー堺は28歳。あまりの巧さと存在感に、そんなに若かったとは信じられない。『幕末太陽伝』は公開されると高い評価を受け、フランキー堺も森繁久彌以来の才能を持つ喜劇役者として注目されることになる。

そして翌年、その演技力の高さと持ち味を期待され主演したのが、ラジオ東京レテレビ(現、TBS)製作の『私は貝になりたい』だ。普通の庶民に降りかかった悲劇を描いたこのドラマは、戦争の虚しさ理不尽さを訴え放送後大きな反響を呼ぶ。こうしてフランキー堺は、映画とドラマに大きく名を残す役者になったのだ。

『幕末太陽伝』で日活を離れた川島雄三は、このあとも喜劇を通し人間の業を描いていく。そして62年『イチかバチか』を仕上げたあと、病気により45歳という若さでこの世を去った。

スポンサーリンク
スポンサーリンク




スポンサーリンク




シェアする

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク