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黒澤明「七人の侍」

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黒澤映画の傑作

『七人の侍』は黒澤明が精力を注いで作った最高の娯楽時代劇で、世界の監督たちにも大きな影響を与えた記念碑的作品だ。脚本は骨太で巧妙、鮮やかな演出とダイナミックな映像で見る者を圧倒する。そして3時間半という上映時間でも、切れの良い編集で観客を少しも飽きさせない。主演の三船敏郎も菊千代役を熱演、強烈な存在感で物語を引っ張っている。

撮影は3ヶ月程度が予定されていたが、黒澤の尋常ならざる拘りにより8ヶ月の長きに及んだ。予算も軽くオーバー、当初の10倍以上の制作費が掛けられている。黒澤はこの映画からマルチカメラ方式を採用、複数のカメラで大掛かりな戦闘シーンを一気に撮り、勢いのある映像を作り上げていく。

これだけの大作を作り上げた黒澤のエネルギーと執着心は日本人離れしており、映像への拘りと鋭い感覚は濃厚な画面を作り出す。もはや今後これだけの娯楽映画が、全てスケールダウンした日本の映画界で作られることはないだろう。アクションに限っても、様式的なワイヤースタントと稚拙なCGで喜んでいるようでは、黒澤の生んだ迫力に及ぶはずもない。

『七人の侍』の面白さ

50年の『羅生門』で世界的名声を得た黒澤は52年にも『生きる』という傑作を発表する。そして54年の『七人の侍』は全盛期にあった黒澤が、日本の観客に贅沢なご馳走を味合わせてやろうと作ったエンターテインメント大作だ。

幾つかのアイデアで試行錯誤したあと、戦国時代の侍が百姓に雇われ野伏りから村を守るという話で企画は進行する。そこから黒澤と橋下忍、小国英雄の3人が旅館に集まり脚本作りに取りかかる。主に黒澤が登場人物のキャラを膨らませ、橋本が物語の骨格作りを担当する。そしてベテラン小国がまとめ役となって、脚本制作は進行した。

だが3人が脚本を書き進めていっても、いっこうに話が弾けない。そこで黒澤が思い当たったのがジョーカーの必要性だ。ジョーカーとは予定調和を崩す掻き回し役で、物語にダイナミズムを与える存在だ。そこで黒澤は村人との繋ぎ役となるジョーカーに、奔放な個性を持つ百姓出身の侍・菊千代を考え出す。

当初、三船には剣豪の役が予定されていた。だが、暴れ者だがみなしごという生い立ちの菊千代の方が、豪放磊落に見えて繊細な神経を持つ三船にぴったりの役だった。こうして物語の突破口が開かれると、ストーリーは動き始めたのだ。

百姓の願いを聞き入れた志村喬演じる勘兵衛を求心力として、次々と侍たちが集まってくる。ここまで物語は調子良く進み、一つのベクトルに向かって盛り上がる筋立てが明快だ。侍たちも個性と役割がはっきりしており、集結する様子もテンポ良く描かれ無駄がない。

その明るさと自由さでいつの間にか侍や百姓たちと距離を縮めてしまう菊千代が軽妙で、三船も楽しそうに演じている。野伏りを迎え撃つまでの部分も単調になりそうな所を、変化をつけた演出で飽きさせない。

そして物語は前半のクライマックス、野伏りに先制攻撃を掛け砦を焼き打ちするも、千秋実演じる平八が鉄砲で撃たれてしまう。早くもムードメーカー平八を失い、前途の多難さを感じさせる展開だ。

刀の墓標、沈痛な面持ちの人々、平八の旗を掴み屋根に駆け上がる菊千代、風にはためく七人の旗、奏でられるファンファーレ。

そして突如現われる野伏り、「野郎、来やがった」と跳びはねる菊千代、逃げ惑う村人たち。メリハリの効いた演出で鮮やかに場面は転換、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされる。

ここまでのシーンを東宝の重役に見せ、予算オーバーで中断していた撮影の続行を決めさせたというエピソードは有名だが、とにかく『七人の侍』は前半部分が抜群に面白い。

野伏せりと農民の描かれ方

後半、野伏りが村に攻めてくると戦闘シーンが続き、各個撃破作戦で敵を討ち取っていく。それでも野伏りたちは全滅するまで攻め続けるが、アウトロー集団の彼らが何故そこまでこの村に拘るのかはっきりしない。

まあ黒澤にとってそんなことは些細なことなのだろうし、娯楽作品なので気にする事でもないが、少しは理由付けが欲しかったところだ。この映画で野伏りは人間扱いされないが、一方で農民の描き方も酷い。農民は哀れで卑屈な存在と描かれ、そこには黒澤の上から目線が透けて見えるが、まあ疵と言ったらこれとセリフの聞き取りづらさくらいだ。

クライマックスは雨中の決戦。2月に撮影されたこのシーンは、数台の消化ポンプ車で大量の雨を降らし、地面はぬかるむほど水浸しになってしまう。そして膝まで埋まった監督の長靴に冷たい泥水が入り込み、足の爪が剥がれてしまったというエピソードがある。他にも撮影の過酷さを語るエピソードは幾つもあるが、いちいち挙げていたらキリがない。

『七人の侍』は世界的映画となり、ハリウッドでも『荒野の七人』という西部劇としてリメイクされる。ユル・ブリンナーやスティーブ・マックイーンらがガンマンとして活躍するこの西部劇は、アクションとしてそれなりに面白い。だがやはり三船のような強烈なジョーカーがいない分、物語の厚みや豊かさはオリジナルとは比較にならない。

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