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007 死ぬのは奴らだ/黄金銃を持つ男

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ロジャー・ムーア登場 『死ぬのは奴らだ』

『ダイアモンドは永遠に』公開の後、3代目のジェームズ・ボンドに選ばれたのが、ロジャー・ムーアである。ムーアは第1作目『ドクター・ノオ』からのボンド候補で、66年にショーン・コネリーが降板を宣言すると、新作ごとに起用が検討されてきた人気俳優だった。

72年にムーアのテレビシリーズが終了すると、ようやく007シリーズの出演契約が結ばれる。そして73年に初ボンド役となる『死ぬのは奴らだ』が作られるが、コネリーより3歳年長のムーアはこの時点で既に45歳だった。

60年代に確固たるスタイルで人気を博してきた007シリーズだが、70年代に入ると時代のトピックスや流行を意識せざるを得なくなっていた。70年代初頭には『黒いジャガー』や『スーパーフライ』のような、ブラックパワーと呼ばれた黒人主演のアクション映画がヒットしていた。

007シリーズの制作陣はこのブームに便乗しようと、黒人の麻薬組織が登場する『死ぬのは奴らだ』を題材に選んだのだ。

ムーアの個性を生かした軽妙路線

監督のガイ・ミルトンはショーン・コネリーのイメージを払拭すべく、ムーアの洒脱で軽妙な個性を生かす演出を心がけた。例えばボンドが、水面に並んだワニの頭を飛び石にみたて、ステップして危機を逃れる場面。もはやスリルと言うより、漫画のようなギャグシーンである。またペッパー保安官という個性の強いコメディリリーフも登場、全体的におふざけ調の濃い作品だ。

だがモーターボートによるチェイスシーンは、007シリーズらしい迫力と斬新さに満ちた流石のアクションだ。このチェイスシーンのため26艘のボートを用意、沼だけではなく地面も突っ走り、撮影終了時には17艘が使い物にならなくなっていたそうだ。ボートが道路を飛び越える撮影では、スタントマンの操舵で33.₅mの跳躍を見せ、当時の世界記録を達成している。

麻薬組織のボス、ミスター・ビックを風船のように膨らませ破裂させるなど、シュールな場面も多く作品としては微妙な出来だった。だが興行収入は前作程度を維持し、新ボンドのお披露目作品としては合格と言えるものだった。こうして007シリーズはバイオレンスの要素が薄れ、ムーアの個性を生かした軽妙路線となっていく。

シリーズ最低作品 『黄金銃を持つ男』

そして翌年の73年に作られたのが『黄金銃を持つ男』。“黄金銃を持つ男” の異名を持つ凄腕の殺し屋スカラマンガの役を、原作者イアン・フレミングの従兄弟でドラキュラ俳優として知られた、クリストファー・リーが演じている。またペッパー保安官も観光客として前作に引き続き登場、コミカルな作風を踏襲している。

舞台は東南アジアに設定され、ストーリーはこの頃のエネルギー問題を反映したものになっている。またこの時『燃えよドラゴン』が世界中で大ヒットしており、『黄金銃を持つ男』でもカンフーシーンが登場する。ただし格闘技が得意でないムーアは形だけで、本格的なカンフーを披露したのは二人の女子学生だ。

今作の目玉となるのは、ボンドが一回転して車で川を飛び越えるシーンと、翼を合体させ空を飛ぶスカラマンガの自動車、そしてペンとライターとシガーケースで組み立てられる黄金銃。

だがコミカルな作風も相まって、これらの仕掛けはもうギャグにしか見えない。しかも子供に適当な事を言った挙げ句、なじられると運河に突き落とすボンドってのもあんまりだ。

おまけに乳首が3つあるスカラマンガとか、ボンドを襲うスモウ力士の等身大オブジェとか、シュールを越えてもはや阿呆らしい。ボンドとスカラマンガの対決シーンもおざなりで、緊迫感がないうえにあっけなく勝負がついてしまうのは拍子抜けである。このあと太陽光装置破壊のシークエンスになるが、冗長で退屈なものとなっている。

以前より、女性蔑視や人種への偏見などが指摘されていた007シリーズだが、今作はスカラマンガの召使い・小男ニック・ナックへの扱いが酷い。ニック・ナックはサーカスの見世物と変わらない扱われ方で、最後はボンドによって帆船のマストへ籠に入れられ吊されてしまう。作り手は面白いと思ったのかも知れないが、何とも悪趣味なラストである。

冗談で作ったとしか思えない『黄金銃を持つ男』はシリーズ最低の評価を受け、興行的にも失敗した。北米では007シリーズの人気が下降気味で、アメリカ人ウケを狙った作りが裏目に出てしまったのだ。

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