山際淳司「スローカーブを、もう一球」




山際淳司さんは、文藝春秋のスポーツ雑誌『Sports Graphik Number』創刊号に掲載された【江夏の21球】などで有名なノンフェクション・ライターだ。その独自の視点と映像的な描写、読みやすい文章でスポーツ・ノンフェクションの第1人者と呼ばれ、数多くの著作も残している。

その山際さんが、胃癌による肝不全で亡くなったのが95年の5月。まだ46歳という若さでまだまだ活躍が期待出来ただけに、本当に惜しまれる死だった。

『スローカーブを、もう一球』は山際さんが81年に出版された処女作品集で、【江夏の21球】も収録されている。


『スローカーブをもう一球』に収められているのは、【江夏の21球】を含む8編の作品。【江夏の21球】は今でも語り継がれているプロ野球の名場面を描いたものだが、山際さんは多くの関係者に取材し、冷静な視線と心理描写で男たちの戦いを語っている。まさに、新しいノンフェクションのありかたを提示した名著である。

【八月のカクテル光線】は、79年に生まれた甲子園の名勝負、簑島ー星陵戦での延長18回までもつれた勝負のアヤを描いたもので、当時の選手たちや監督の熱い想いが伝わってくる物語だ。

【たった一人のオリンピック】は、五輪出場を目指した遅咲きアマチュア・ボート選手の話。ある日オリンピックに出たいと言う思いに取り憑かれた男が、20代半ばから後半までをボートに捧げ、ついに五輪出場権を得る。だが日本はモスクワ・オリンピックをボイコット、その時の男の心境は・・という顛末へ。

【背番号94】は、無名の投手がたまたま長嶋監督にスカウトされ、巨人に入団したことで味わう選手の悲哀を描くもの。男は結局実力を発揮出来ずバッティング・ピッチャーとなるが、華やかな表舞台の裏にはこうした現実もあるということを、落ち着いた筆致で語っている。

【ザ・シティ・ボクサー】は、見た目の格好良さにこだわる、リーゼント・ヘアスタイルの異色プロボクサーに密着した話。同年代には具志堅用という部類のチャンピオンがおり、瞬く間に差をつけられてしまうが、彼は格好良さというスタイルを崩さない。彼を語る山際さんの視線はフラットで、肯定も否定もしていない。

【ジムナジウムのスーパーマン】は、自動車ディーラーのセールスマンが、日本ではマイナー競技のスカッシュに真剣に取り組む姿を描いたものだ。スカッシュに入れ込むあまり、本業に支障をきたすことがあっても、自分の姿勢を崩さない競技に対する情熱が感じられる。

表題の【スローカーブを、もう一球】は、思いもかけず勝利を重ね、関東大会準優勝でセンバツ甲子園出場を果たした群馬県・高崎高校(通称タカタカ)野球部の話。タカタカは福田赳夫や中曽根康弘といった総理経験者を生み出した県内屈指の進学校だ。もちろん甲子園出場を狙うような強豪校ではなく、監督さえ本格的な野球は未経験だった。

そんなチームがセオリーに囚われない戦い方と、エース川端の飄々としたピッチングスタイルで大会を勝ち抜いていく。その川端の武器となるのが、相手のタイミングを外す超スローカーブ。選手たちが肩の力を抜いてプレーするタカタカ野球部のあり方は【八月のカクテル光線】の後に読むと、こんな野球もあるんだと楽しませてくれる一編だ。

最後は【ポール・ヴォルター】。ポール・ヴォルターとは棒高跳びのことで、棒とバーがあれば自分の限界に挑戦したくなる、高跳び選手の性(さが)を描いている。

山際さんのノンフィクションは、とにかく読みやすいし面白い。今も御存命なら、もしかしたらサッカー関連の作品を読めたかもしれないと思うと残念だ。

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