007 私を愛したスパイ/ムーンレイカー

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オリジナルストーリー 『私を愛したスパイ』

黄金銃を持つ男』の後、共同プロデュースでシリーズを支えてきたサルツマンが意見の相違からイオンプロを離脱、ブロッコリが単独で製作を担当することになった。そしてシリーズ10作目として企画したのが『私を愛したスパイ』だ。

映画は脚本の段階からトラブルが起きる。イアン・フレミングによる原作は、女性の一人称で語られるシリーズ中の異色作だ。ジェームズ・ボンドは女性の危機を救うナイトとして、途中から登場するという内容で、映画化には向いていないストーリーだった。(フレミングもタイトル使用のみ許可)

そこでオリジナルの物語を作ることになり、犯罪組織スペクターと首領ブロフェルドが登場する脚本が作られた。だがブロフェルドとスペクターを考え出し『サンダーボール作戦』のリメイクを企てていた、ケビン・マクローリーとの間で法廷闘争が起きてこの設定は使えなくなる。

こうして『私を愛したスパイ』の脚本は大幅に書き換えられることになり、以降スペクターとブロフェルドはイオンプロ製作の作品に登場しなくなった。

シリーズの危機を救うヒット作

67年の『007は二度死ぬ』には1千万ドル近い制作費がかかったが、それ以降の作品は7~8百万ドル程度に抑えて作られていた。だが『黄金銃を持つ男』が不調に終わったことで、ブロッコリは大スケールでスペクタクルな作品作りを目指し、最終的に1千4百万ドルの制作費がこの映画へ投じられることになった。

監督には『007は二度死ぬ』のルイス・ギルバートを起用、壮大な陰謀・大規模な敵基地・大人数の戦闘・奇抜な最新装備と、『007は二度死ぬ』を更にスケールアップした内容となっている。そして完成した映画のプレタイトルには、ユニオンジャックが全面に描かれたパラシュートの落下場面があり、まさにシリーズ復権を宣言するような鮮やかな名シーンだ。

77年の『私を愛したスパイ』は、シリーズ10作目となる記念的作品でもあり、スキーチェイス・列車での格闘・水中アクション・タイムリミットの設定・ガジェット満載のボンドカーなど、過去のシリーズ作品にオマージュを捧げたシーンが多く登場する。

特にタイヤを収納して陸から海中に潜行するロータス・エスプリは、当時のスーパーカーブームも相まって大きな話題となった。そして007と対等に渡り合うソ連スパイのボンド・ガールや、不死身の“殺し屋ジョーズ”など新しい工夫も見られ、満足度の高い娯楽映画が出来上がった。

ロジャー・ムーアの軽妙で洒脱な個性も、ようやくこの作品で観客に馴染んできたと言えるだろう。『私を愛したスパイ』はその明快な面白さで、『サンダーボール作戦』以来の大ヒット作となった。

凡作ファンタジー 『ムーンレイカー』

『私を愛したスパイ』のエンドロールでは、次回作として『ユア・アイズ・オンリー』が予告されていた。だが70年代後半に『スターウォーズ』や『未知との遭遇』がヒットしたことで、宇宙が舞台の作品『ムーンレイカー』が製作されることになった。この映画に登場した宇宙船“ムーンレイカー”には、本格運用前のスペースシャトルに似たデザインが使われている。

もちろんCGなど無かったこの時代、宇宙特撮には多くの手間と日数がかかり、製作費は『私を愛したスパイ』の倍以上、3千100万ドルにも及ぶ超大作となった。なお、シリーズ第一作『ドクター・ノオ』から長らくMI6長官、Mを演じてきたバーナード・リーは次作の撮影前に死去、これが彼の遺作となった。

79年に『ムーンレイカー』が公開されると、ブロッコリは「他のSF映画とは違い、科学考証に基いた現実的な宇宙を出現させた」作品だと謳った。だが宇宙を物理的に表現していると言っても、レーザー光線銃とか宇宙空間の集団戦とか、他の宇宙SFと荒唐無稽さはあまり変わらない。

それ以前に、007シリーズのファンが求めているのはSF的展開などではないのだ。おまけにボンドと“殺し屋ジョーズ”の戦いは、もやはマンガかお遊びみたいなプロレスで、観客は苦笑いするしかなかった。見せ場はプレタイトルで見せる、ロジャー・ムーアの空中落下アクションだが、着衣の背中が膨らんでいるのがちょっと惜しい。

『ムーンレイカー』はもはやスパイアクションと言うより、エピソードを羅列しただけの、凡作ファンタジーだった。それでもこの映画は前作『私を愛したスパイ』を越える大ヒットを記録したが、スパイアクションを逸脱して締りがなくなった内容に、ファンや評論家からは批判を浴びることになる。

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