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デヴィッド・リーン「ライアンの娘」

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異文化のぶつかり合いから生まれるドラマ

70年の『ライアンの娘』は、イギリスの巨匠デヴィッド・リーンがアイルランドの大自然を背景に、歴史のダイナミズムに巻き込まれる女性の悲劇と生き方を、繊細かつ重厚な演出で綴った物語である。アイルランド海岸の崖っぷちで舞う白いパラソルのポスターが、詩情的センスに溢れ印象深い。

脚本は『アラビアのロレンス』や『ドクトルジバゴ』も手がけたロバート・ボルト。ボルトはフランスの小説『ボヴァリー夫人』をヒントに、自分の妻サラ・マイルズをイメージして書いた脚本をデヴィット・リーンに見せた。奔放な女性が登場するこの題材に興味を持った監督は、ボルトと徹底的に話し合いを重ね物語をブラッシュアップする。

そして最終的に物語の舞台を、20世紀初頭に独立の気運が高まっていたアイルランドに設定し、出来上がったのがオリジナル作品『ライアンの娘』だ。まさにこの物語には、これまでリーン監督が描いてきた異文化のぶつかり合いと融和から生まれる人間ドラマや、不倫という形から浮かび上がる純粋な愛の姿が描かれる。

『ライアンの娘』では、イギリスの監視とアイルランドの村、衝動を求める若さと理性的な大人、政治運動と恋、暴走と良識、裏切りと許しなど、対立や葛藤から生まれるドラマがアイルランドの荒涼とした海岸と大波のうねりに重なっていく。

不倫が生み出す情念と癒やし

内なる情感を抑えられない娘ロージー・ライアンの役は、最初のイメージ通り、ボルトの妻サラ・マイルズが演じた。ロージーはお洒落な装いが似合う、魅力的でチャーミングな娘。そして夢見がちな彼女は、教養ある大人で憧れの教師チャールズに自ら告白し結婚する。

しかし新婚初夜、想像と現実の違いを知ったロージーは、平凡な日常に満ち足りない思いを感じ始める。彼女の夫チャールズを演じるのは、ロバート・ミッチャム。ハンサムながら味わい深い風貌を持ち、強い男を演じることの多かったミッチャムだが、この映画では誠実な初老の教師を好演している。

ロージーの態度に危険を感じ彼女に忠告を与えるのが、トレバー・ハワード演じる村の良心的存在、コリンズ神父。この役はアレック・ギネスが断ったためハワードにお鉢が回ったが、理知的な英国紳士ギネスより、頑固オヤジ的なハワードの方が結果的には適役だったと言えるだろう。

そしてロージーは新任の英国将校ランドルフ(クリストファー・ジョーンズ)と出会い、たちまち激しい恋に落ちる。ランドルフは優秀な将校だが、戦闘で脚に障害を負い、心にも傷を負っている。しかも妻との不和も示唆され、孤独な青年将校の苦しみが映像と彼の表情のみで語られる。

孤独と葛藤を抱えた2人は似たもの同士、運命の導きで惹かれ合うことになる。そして馬を駆け人目を避けた森の中で抱擁し、湧き出す情念のままに互いを癒やしていく。撮影のフレディ・ヤングが映し出す自然の営みと美しさは、愛し合う豊かさを官能的に描き出し美しい。リーン監督の作品の中でも、屈指のラブシーンだろう。

自然のスペクタクルと人間ドラマの融合

この映画で重要な役割を果たすのが、自閉症で片足も不自由な障害者・マイケルだ。言葉を喋らない語り部マイケルという難役を演じているのが、リーン監督作品の常連でもあったジョン・ミルズ。純粋でペーソスに溢れるマイケルに成りきったミルズの熱演は評価され、演じ米アカデミー助演男優賞を受けている。

最初はピーター・オトゥールにこの役のオファーがあったらしいが、もし彼が演じていたら映画の印象は違う物になっていたかもしれない。マイケルはすべてを目撃し、物語を動かす人物。しかも人の心を写し出す鏡の役割も果たしており、観客の感情を揺り動かす存在でもある。

ロージーとランドルフの関係が村人に知られることになるのも、マイケルの行動から。チャールズが不倫を悟るシーンもそうだが、リーン監督は直接的な言葉を使わず、映像での語りだけで観客へのエモーショナルをかき立てている。この辺りの手際の鮮やかさと、感性の鋭さはさすがだ。

クライマックスは大荒れの夜の海岸に村人が総出し、レジスタンスの武器を激しい高波から引き上げるシーン。リーン監督が得意とする、自然のスペクタクルに人間のドラマを活写したシーンだ。だがこのシーンの撮影は第2班担当でリーン監督は立ち会っておらず、ラッシュを観た彼があまりの映像の素晴らしさに嫉妬したというエピソードがある。

このあとロージーは密告を疑われて村人のリンチに遭い、夫とともに村を立ち去らざるを得なくなる。ロージーは現実の残酷さと虚しさを知り、恋人・父親・平穏な暮らし・故郷・そして女のプライドと象徴を失う。バスを待つ道で強い風に煽られ、村人に切り刻まれた髪の毛を晒すロージーと、呆然としながら悲しい表情で彼女を見つめるマイケル。

かつてはマイケルを蔑み拒絶さえしていたロージーは、自ら彼に近寄り頬にキスをする。彼女は虐げられる者の痛みを知る女性として、大きく成長したのだ。ロージーと夫のチャールズはバスに乗り、余韻を残しながら遙か向こうへ去って行く。

2人の将来がどうなるか分からないが、悲劇だけではない希望も感じさせるラスト。最初にこの映画を観たのは何十年も前だが、自分にとって巨匠デヴィッド・リーン作品の中で最も心を揺さぶられた映画だ。

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