ワールドカップの歴史 第12回スペイン大会-後編

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FIFAワールドカップ、第12回スペイン大会-後編(1982年)

「新世代の激突」

決勝へ向けた戦いの始まり

第12回ワールドカップスペイン大会は6月28日から、4組に分けられた2次リーグが始まった。A組のポーランドは第1節でボニエクがハットトリックを記録、ベルギーを3-0と打ち破った。第2節はソ連がベルギーに1-0と勝利し、最終節ポーランドとソ連の直接対決で準決勝への勝ち抜きが決まることになった。

ポーランドではレフ・ワレサが指導する自由労組の『連帯』運動が高まっており、それを弾圧しようとするソ連とは因縁の対決だった。会場では『連帯』の旗が振られ、ポーランドへの声援一色となった。試合は0-0で引き分けるが、得失点差でソ連を上回ったポーランドが準決勝進出を決める。

B組の第1節の試合、西ドイツ対イングランド戦は両チーム守備的な戦いでスコアレスドロー。見せ場は、終了直前にルンメニゲの放ったロングシュートがバーを直撃した場面くらいだった。

続く第2節は西ドイツ対スペイン戦。前半は0-0で折り返すが後半に入った50分、西ドイツの小柄なドリブラー、ピエール・リトバルスキーが先制点を決めた。75分にもフィッシャーが追加点を挙げ、終盤に1点返されるも西ドイツが2-1で勝利する。最終節ではイングランドとスペインが対戦、試合は0-0で終わり西ドイツが準決勝へ進むことになった。

未熟さを露呈したマラドーナ

C組第1節の対戦は、イタリアとアルゼンチンの戦い。マラドーナの密着マークに付いたジェンティーレは、掴む、蹴る、突き飛ばすなど、手段を選ばずキーマンの動きを封じた。マラドーナも懸命にマークを振り切ろうと抵抗するが、どうしてもジェンティーレから逃れることが出来なかった。

後半攻勢に出たイタリアはブルーノ・コンティが右サイドを突破、そこからジャンカルロ・アントニョーニがボールを左に展開すると、中央で待ち構えていたマルコ・タルデリに先制点が生まれる。

さらに67分、カウンターから得たチャンスで、ロッシのシュートが弾かれたところをカブリーニが決め追加点、83分にはパサレラのFKで1点返されるも、2-1でイタリアは前回王者を攻略した。

第2節は南米のライバル、ブラジルとアルゼンチンの対戦。ピースの揃ったブラジルは中盤を支配、11分エデルの放ったFKはバーに弾かれるが、すかさずジーコが拾って先制点を決めた。「黄金の中盤」の早いパス回しにアルゼンチンはなすすべもなく、チームが翻弄される事態にマラドーナは苛立ちを強めていた。

66分、ジーコがスペースの空いた右サイドにボールを出すと、フリーで抜け出したファルカンが正確なクロス、それをセルジーニョが頭で合わせ追加点を叩き込んだ。さらに75分、またもやジーコの密集を貫くようなパスから3点目が生まれる。しかし83分、パサレラの悪質なファールでジーコは交代を余儀なくされた。

だが今度はアルゼンチンのアルディレスが報復で倒されると、冷静さを失ったマラドーナがブラジル選手の腹をキック、85分に退場処分となる。89分ラモン・ディアスが1点返すも試合は3-1で終了、アルゼンチンの2次リーグ敗退が決まった。大会前は天才の活躍を期待されていたマラドーナだが、初めて臨んだWカップは後味の悪いものとなってしまった。

アズーリ対セレソンの名勝負

最終節のイタリア対ブラジル戦は、準決勝進出を懸けた戦いとなった。得失点差で劣るイタリアは開始早々から攻撃に出る。5分、コンティが起点となりチャンスを作ると、カブリーニのクロスからパオロ・ロッシが頭で決めてイタリアが先制する。だが12分、ジーコのスルーパスを受けたソクラテスが角度のないところからゴール、たちまちブラジルは同点とした。

これで流れを掴んだブラジルは、イタリアに攻勢をかける。しかしブラジルが押し気味にゲームを進めていた25分、T・セレーゾが自陣ゴール前で不用意な横パス、そこへ待っていたかのように飛び出したロッシがボールを奪い、強烈なシュートをネットへ突き刺した。

しかしリードされてもブラジルのリズムは変わらなかった。ジーコはジェンティーレに陰のようにつきまとわれ、ユニフォームを破られながらも、何度もチャンスに絡んでいく。そして68分、T・セレーゾがイタリアDFを引きつけた隙にファルカンが鮮やかなシュート、再びフラジルが同点とした。

このまま引き分けても準決勝進出となるブラジルはペースを緩め、相手の出方を窺った。その74分のイタリアCKのチャンス、コンティが蹴ったボールはオスカーが頭で競り勝つが、クリアは中途半端になってしまった。

こぼれ球を奪ったタルデリがすかさずシュート、コースは外れるがロッシが素早く反応してタッチ、ゴールネットへ流し込んだ。残り時間はまだ15分あったが、カテナチオを掛けたイタリアに対し、ブラジルの中盤の動きは明らかに鈍くなっていた。88分、オスカーがヘディングでゴールを狙うが、名手ディノ・ゾフによって阻まれてしまう。

フランスの四銃士

こうして試合は3-2で終了、イタリアが準決勝進出を果たす。ずっと調子の上がらなかったロッシを使い続けた老将、エンツォ・ベアルツォット監督の我慢の勝利だった。一方サンターナ監督が「夢のチーム」と呼んだブラジルは2次リーグで敗退したが、その戦いぶりは賞賛され、帰国しても国民に拍手で迎えられることになった。

D組のフランスは、初戦のオーストリア戦で司令塔のプラティニを怪我で欠く事態となった。プラティニの代役を務めたのはジレス、そしてそのジレスがいたポジションには、黒人のジャン・ティガナが入った。試合は接戦となったが、ジャンジーニの見事なFKでフランスが1-0と勝利した。

第2節、オーストリアと北アイルランドの試合は2-2の引き分けとなった。最終節ではプラティニが復帰、ティガナも引き続き起用され、ジャンジーニ、ジレスとの「四銃士」と呼ばれる華麗な中盤が形成された。試合はフランスのシャンパンサッカーが炸裂、ジレスとロシュトーがそれぞれ2得点を挙げる。1点は失ったものの4-1と北アイルランドを粉砕、勢いのまま準決勝進出となった。

西ドイツとフランスの激闘

準決勝でイタリアが対戦したのは1次リーグで0-0と引き分けたポーランド。ポーランドは中心選手のボニエクが累積警告で出場停止となり、苦しい戦いを強いられた。22分、FKからロッシが先制点、73分にもコンティのクロスに死角から走り込んだロッシが、ヘディングシュートを決めた。こうして2-0と勝利したイタリアが、3大会ぶりに決勝を戦うことになった。

もう一つの準決勝は、西ドイツ対フランスの戦い。立ち上がりから攻勢を掛けたのはフランス、だが17分にゴール前のこぼれ球をリトバルスキーがダイレクトで蹴り込み、西ドイツが先制した。しかしその9分後、ジレスのFKをプラティニが頭で落とすと、ボールに反応したロシュトーが倒され、フランスがPKを獲得する。それをプラティニが冷静に決め、試合は1-1となった。

同点で前半を折り返した52分、ジャンジーニが太股を痛め若手のバティストンと交代した。その10分後、プラティニが相手陣営を切り裂く浮き球のパスを送ると、DFラインを抜け出したバティストンがGKシューマッハと1対1、フランスに絶好期が訪れた。

勢いよく飛び出したシューマッハが狙ったのは、ボールではなくシュートの体勢を取ったバティスタだった。ボールはゴール右を外れ、シューマッハに吹き飛ばされたバティストンは、ピッチの上でぴくりとも動かなくなり、血を流して倒れていた。

この体当たりでバティストンの前歯は2本折れ、頸椎を破損するという重傷を負い、担架で運ばれて行った。これほどの危険なプレーでありながら、怪我を負わせたシューマッハは退場になるどころか、イエローカードさえ出されなかった。

シューマッハの執念

試合はこのまま1-1で延長に突入する。その延長前半の2分だった。ジレスのFKが壁に当たってコースが変わったところを、トレゾールがボレーシュート、フランスに勝ち越し点が生まれた。さらに6分後、右サイドのロシュトーから中央のプラティニを経由しボールは左へ、そこへ突如現れたジレスが追加点を叩き込んだ。

残り時間は20分余り、2点ビハインドの西ドイツは絶体絶命の状況に追い込まれるが、そこで発揮されるのがゲルマン魂だった。西ドイツは足を痛め、ベンチに控えていたルンメニゲを投入、反撃の狼煙を上げる。延長前半12分、リトバルスキーの折り返しに身体を投げ出しゴールを奪ったのは、そのルンメニゲだった。

延長後半の3分、暑さと疲れでフランスの足が止まる。そこへリトバルスキーがクロスを上げると、その折り返しをフィッシャーが鮮やかなオーバーヘッドシュート、西ドイツに同点弾が生まれた。試合はこのまま3-3で終了、勝負はWカップ初となるPK戦で決まることになった。

先攻のフランスは3人が決め、後攻の西ドイツは3人目のシュティーリケが外す。優位に立ったかに思えたフランスだが、4人目シスのシュートはシューマッハの好セーブに阻まれた。これで勝負はイーブンとなり、それぞれ5人目が決めてPK戦はサドンデスとなる。

そしてフランス6人目ボッシのシュートは、またしてもシューマッハに弾かれてしまう。最後に西ドイツの6人目ルベッシュが引導を渡し、勝負は決した。ブラジルと並び華麗なサッカーを披露したフランスは敗退、西ドイツが勝負強さを発揮し2大会ぶりの決勝進出となった。

「ゴールデンボーイ」の輝き

第12回ワールドカップ決勝のイタリア対西ドイツ戦は、7月11日にマドリードのサンチャゴ・ベルナベウへ9万の観客を集めて行なわれた。イタリアは巧みにカウンターを操ってきたアントニョーニが怪我で欠場、「殺し屋」ジェンティーレに好調のリトバルスキーをマークさせる。

開始24分にはイタリアがPKを得るが、これはアントニョーニの代わりにキッカーを務めたガブーリが外してしまう。そして両チーム決め手がないまま、前半は双方の潰し合いに終始した。

後半に入った57分、リスタートで西ドイツに油断が生じたところを、タルデリが素早くジェンティーレにパス。そこから低いクロスが放たれると、ロッシが相手DFに競り勝ちボールを押し込んだ。怪我を押して先発したルンメニゲは65分に交代、その4分後に見事なパス交換からタルデリがミドルシュート、追加点が生まれる。

さらに81分、コンティが自陣でパスカットをすると、そのままドリブルで攻め上がり右サイドでクロス、そこからアルトベリがシューマッハを落ち着いてかわし、3点目を決めた。2分後、ベテランのブライトナーが1点を返すが、さすがの西ドイツももう追いつくことは出来なかった。

こうして試合は3-1で終了、イタリアは44年ぶり3回目の優勝を果たした。3位決定戦を制したのは、若手主体で臨んだフランスを下したポーランド、大会終盤に怒濤の活躍で6得点を挙げ、イタリア優勝の立役者となった「ゴールデンボーイ」パオロ、ロッシはMVPと得点王を獲得した。

次:第13回メキシコ大会-前編(1986)

カテゴリー サッカー史

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