映画「アラビアのロレンス」




第一次世界大戦後、オスマン帝国が支配する中近東で独立を目指したアラブ民族の叛乱が起こる。イギリスは政治的思惑からアラブ側を支援、叛乱軍へアラビア語が堪能な英国陸軍将校、T・E・ロレンスを送り込み、独立の戦いに関わらせる。ゲリラ戦を成功させたロレンスは英雄に祭り上げられるが、やがて現実と裏切りの前に挫折、失意のままアラブを去って行く。

62年のデヴィッド・リーン監督『アラビアのロレンス』はそのロレンスをモデルに、特異な英雄の人間性を繊細に描き出した一大叙事詩。70ミリを駆使した壮大な映像と、秀逸な人間ドラマが渾然一体となった名作だ。

この年の米アカデミー賞では作品賞・監督賞・撮影賞など7部門を受賞、主演に抜擢された新人のピーター・オトゥールも、印象的な演技で一躍その名を知られることになった。

困難を極めた撮影は2年3ヶ月に及び、ロケ地(ヨルダン、モロッコ・スペインなど)に入ったスタッフは600人超。リーン監督も多くの時間を、この寒暖の激しい砂漠地帯で過ごしたようだ。撮影場所を探すだけでも一苦労、ジープ30台と9人乗りの飛行機を使ってスタッフたちは砂漠を転々とロケハンしたらしい。


映画『アラビアのロレンス』は、T・E・ロレンスがアラビアでの事績を自ら著わした『知恵の七柱』からエピソードの多くを採っているが、内容はかなり劇的創造を加えたフィクションで、単純な伝記ものではない。

物語はロレンスがオートバイで事故死するところから始まり、葬儀の参列者からは彼に対する様々な評価が語られる。砂漠の英雄だったのか、それとも単なる変わり者なのか、彼がアラブで成した事を振り返りながらその姿を描いていく。

アラビアに赴いたロレンスは案内人と2人、ラクダでひたすら砂漠を進み、叛乱の指導者・ファイサル王子(アレック・ギネス)に会いに行く。この序盤、映画はゆったりとしたペースで進むが、少しも飽きないのはリーン監督と撮影のフレディ・ヤングが作った映像の力強さだろう。

この道行きの途中、砂漠の井戸で水を飲んでいるとき出会ったのが、ハリト族の族長・アリ(オマー・シャリフ)だ。アリはベドウィン族の案内人が、自分の井戸の水を勝手に盗んだとして、問答無用で射殺する。民族間の対立などアラブの難しさを示唆するエピソードだが、地平線の蜃気楼かららくだに乗って現れたオマー・シャリフが、駆けながら徐々に近づいてくるシーンは有名だ。

ファイサルと面会したロレンスは、劣勢を強いられている現状を打破するため、要所にある港湾都市・アカバを内陸から攻める作戦を提案。そして50人のアラブ兵士とともに灼熱の砂漠を乗り越え、ハウェイタット族・族長(アンソニー・クイン)の協力も得てアカバを背後から襲撃、みごと敵の重要拠点を攻略する。

前半のクライマックスとなるこのシーンは、300を越える建物と500mに及ぶ防波堤を、一から造った大がかりなオープンセットを使って撮影された。ラクダを駆って敵の街へ突き進むアラブ叛乱軍、カメラはロングショットで彼らを捉え、その戦闘と動きをノンストップ・パンで追う。

左から右へパンしたカメラが最後に映し出すのは、広い紅海の景色と、反乱軍に不意を突かれて無力化した大砲。アクションの進行、舞台となるアカバの街、海へ出た開放感、自由を求めるロレンスというテーマ。パン撮影を使った1つのシーンが、色々な意味と効果を生む、鮮やかで機能的な演出だ。

このアカバ攻略まで英雄的な姿が描かれるロレンスだが、後半は挫折を経験し失望の中に沈んでいく。従者となった少年二人の犠牲、使命を忘れ略奪に走る叛乱軍、トルコ将校から受けた陵辱、諍いだらけで纏まらないアラブ民族会議、自分の中に潜むサディズムへの恐れ、政治の力に対する無力感。

アリに認められ、貰った白い民族衣装を、初めて着たドレスのように嬉しそうにひらひらさせるロレンス。(実際彼はホモセクシャルの性向があったらしく、リーン監督は仄めかす形で描いている)。だがその白い民族衣装は次第に汚れてゆき、ロレンスの心がすさんでいく様子を表す。

クリーンな砂漠を愛した孤高な男は、最後は傷つき自らアラブを去って行った。巨匠デヴィッド・リーン監督は主人公の理想、ヒロイズム、苦悩、奢り、弱さなど、その複雑な人間像を巧みに繊細に描き出す。

死後の評価は毀誉褒貶したロレンスだが、映画では純粋に理想と自由を求めた男の姿が露わになる。歴史の大きなうねりと、壮大で厳しい大自然の現実に呑み込まれてしまった英雄の悲劇と孤独が、観客の胸に迫るのだ。

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