アルフレッド・ヒッチコック監督の「鳥」




63年に制作された『鳥』は、人間が動物に襲われるという、それまでに無かったパニック映画の新ジャンルを開拓した作品。原作は『レベッカ』などで知られる、女流作家ダフネ・デュ・モーリアの同名短編小説。

ヒッチッコクはこの小説から、鳥が人間を襲うといった着想だけを拝借。鳥の群れが住宅や家畜に被害を与えたという事件の新聞記事を参考に、登場人物や設定など原作を大幅に変更したものにした。

そしてヒッチコックのアイデアをもとに、原作を脚色したのがエヴァン・ハンター。彼は様々なペンネームを持つ小説家でもあり、特にエド・マクベイン名義で著わした警察小説『87分署』シリーズが有名だ。

主役の女性メラニー・ダニエルズを演じるのが、映画初出演だったモデル出身のディッピ・ヘドレン。テレビコマーシャルに出ていたところをヒッチッコクに気に入られ、『鳥』の主役に抜擢されることになった。


映画の中で人間を襲う鳥の大群。ヒッチコックは多くの鳥を集めさせ、専門家に調教させるとともに、オプティカル合成やアニメーションなど、当時最高の特撮技術を駆使して恐怖の世界を作り上げた。

前半は、お嬢様育ちのメラニーが弁護士のミッチ(ロッド・テイラー)と出逢い、彼や彼の家族と交流を深めるという、ラブロマンス的な展開。しかし折々で鳥の不審な動きを目にし、メラニーたちは不安を募らせていく。

鳥が人間を攻撃しているのではと、気づき始めたメラニー。ミッチの妹を迎えに行った小学校のベンチで授業が終わるのを待っていると、校庭のジャングルジムにカラスが集まってくるのを目撃する。

最初は一羽だったカラスが、カットを切り替えるたびにその数を増やし、ついにはジャングルジムや後ろの電線を覆い尽くしていたという気味悪さ。ほとんどセリフも音楽もなく、カット割りと構図だけでサスペンスを盛り上げる演出の妙味だ。

このあと、逃げ惑う子供たちに襲いかかる鳥の群れ。特撮自体は今のVFX技術と比べると少しアレだが、とにかく見せ方が上手いので充分怖さが伝わる迫力のシーンとなっている。

さらに鳥の集団はガソリンスタンドを炎上させ、街の人々はパニック状態。するとカメラの視点は一転、空から街を見下ろす俯瞰のロングショットへ。だが観客の気が緩んだのもつかの間、カモメが現れると再び攻撃を開始、鳴き声を上げ降下してゆく。

緊張と緩和の巧みなリズムと、手際の良い状況説明。この鮮やかな切り替えショットは「下界を見下ろす神の視点」と称され、公開当時もかなり評判を呼んだそうだ。

他にも電子楽器でつくった効果音や、「ラブバード」という呼び名を持つ小鳥の、皮肉で象徴的な使い方が上手い。また鳥が人間を襲う理由は分からず、最後も逃げ出すだけで何も解決しない。このモヤモヤを残すような後味が、作品に余韻と奥行きを与えている。

主演を務めたディッピ・ヘドレンは『鳥』の撮影中に、ヒッチコックから酷いセクハラ・パワハラを受けていた事を後年告白している。翌年『マーニー』にも出演したが、ヒッチコックのストーカー行為はエスカレート、女優業を一時休止せざるを得なくなったようだ。そのセクハラの内容は、12年に放送されたイギリスのドラマ『ザ・ガール ヒッチコックに囚われた女』でも描かれている。

ディッピ・ヘドレンは、この『鳥』でゴールデングローブ賞の若手女優賞を受賞。また娘のメラニー・グリフィスも、88年の『ワーキングガール』で同賞の主演女優賞に選ばれており、母娘二代にわたる受賞となった。

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