山田洋次監督「幸福の黄色いハンカチ」

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北海道が舞台のロードムービー

山田洋次監督の『幸福の黄色いハンカチ』(77年)は、事情を抱える寡黙な男と若い男女2人の道行きを、雄大な北海道を舞台に描くロードムービー。シンプルながら感動的なストーリーや出演者の好演が評価され、国内の映画賞を総なめにした名作。

山田洋次監督がこの映画の着想を得たのは、アメリカでヒットしたフォークソング『幸せの黄色いリボン』をたまたま聴いて、その歌詞に興味を持ったことから。その歌詞は、バスで旅をしている若者が刑務所を出てきたばかりの男と知り合い、彼が別れた妻に出した手紙の内容を聞く、といった話。

その歌詞のフレーズ、「もし今でも一人暮らしをしているならば、庭先の樫の木に黄色いリボンをぶら下げておいてくれ」の部分を聴いて、すぐにその情景が浮かんだという山田監督。舞台を日本に置き換えてもドラマチックな話が出来るのではないかと考え、北海道を旅する映画の構想を膨らませていったそうだ。

愛着を抱かせる登場人物たち

『幸福の黄色いハンカチ』は、タイトルも公開時のポスターもネタバレ全開、ハッピーエンドが約束されている映画だ。だがそんなことより、高倉健の渋さ、武田鉄矢の饒舌さ、桃井かおりの独特な口調と、3人の掛け合いから生まれる味を楽しむ話。

網走の街で出逢い、青年の運転するファミリアに乗り合わせることなった3人。寡黙な男の不運な事情を知った若者二人は、ともに夕張への道をひた走る。一方的に別れた妻への、愛情の深さと後悔の念。不安と期待の葛藤が繰り返されたあと、黄色いハンカチがはためく場面のカタルシス。

シンプルなドラマ性と、愛着を抱かせる登場人物たち。とても丁寧で分かりやすい、悲喜こもごもの人間ドラマが素直に観客を感動させる。庶民派・山田監督が娯楽性豊かに仕上げた、結末が分かっていてもまた見たくなるような温かい作品だ。

自宅の竿いっぱいに黄色いハンカチを掲げ、出所した高倉健を迎える妻役に、山田作品常連の倍賞千恵子。渥美清も高倉健と縁を持つ警官役として、特別出演している。また夕張のシーンでは、多くの地元民がエキストラとして参加。倍賞千恵子に流産を告げる病院の先生は、夕張の本物の医者が演じている。

高倉健の新境地

主演の高倉健は、約20年所属した東映から独立したばかりで、任侠イメージからの脱却を図っていた時期だった。76年はサスペンスアクション『君よ憤怒の河を渡れ』で主演。そして77年には、明治時代に起きた雪中行軍の悲劇を描いた『八甲田山』の撮影に、主役として参加していた。

冬にしか撮影できない『八甲田山』のロケが長期に及び、そのオフシーズンに撮ったのが『幸福の黄色いハンカチ』である。寡黙でストイックなアウトローを演じてきた高倉健は、この映画で孤独な男の哀愁も表現。厚みを増した演技で、新しい境地を開いた。

『幸福の黄色いハンカチ』と同年に公開された『八甲田山』も大ヒット。こうして高倉健は任侠映画のスターから、国民的な俳優としての地位を確立、この後数々の名作・話題作に出演することになった。

武田鉄矢の俳優出世作

赤いファミリアを運転するお喋りな若者を演じた武田鉄矢は、この作品が映画デビュー。フォークグループ『海援隊』のボーカルとして『母に捧げるバラード』(73年)でブレイクしたが、それからは低迷が続いていた。

そんな時に舞い込んだのが、『幸福の黄色いハンカチ』の話。俳優未経験だった武田だが、軽薄ながら人間味あふれる九州青年を好演、その後のキャリアを切り開いた。

カニにあたって腹を下すシーンではことさら滑稽に演じ、山田監督にNGを喰らってしまった武田鉄矢。その後再会したトークセッションで監督に、「喜劇ってのは、泣きながらつくるもの」とたしなめられたというエピソードを披露している。

『幸福の黄色いハンカチ』は、アメリカでも08年に『イエロー・ハンカチーフ』としてリメイク。このリメイク作品には、桃井かおりも出演している。

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