ワールドカップの歴史 第19回南アフリカ大会-前編

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FIFAワールドカップ、第19回南アフリカ大会-前編(2010年)

「レ・ブルーの崩壊」

アフリカ大陸 初の大会

ゼップ・ブラッターFIFA会長が提唱した大陸ローテーション制により、Wカップの2010年大会はアフリカでの開催が決まった。立候補したのはエジプト、リビア、チュニジア、98年大会で7票を集めたがフランスに敗れたモロッコ。さらに06年大会の最終決選投票でドイツに1票差で敗れた南アフリカの計6ヶ国だった。

04年5月14日にスイス・チューリッヒで行われたFIFA総会でチュニジアが正式に辞退を表明したため、チュニジアと共同開催を提案していたリビアも投票から外され、候補は3ヶ国に絞られた。接戦と思われたが翌日、会長を除く24人の理事会メンバーによる投票は、1回目で南アが14票、モロッコが10票、エジプトが0票。過半数を得た南アが開催国に決まった。

その結果、10年大会は86年メキシコ大会以来の南半球でのWカップとなり、南ア各地の6-7月平均気温17度というサッカー向きの気候の中で行われることなった。アパルトヘイト政策により、長年国際大会から閉め出されていた南アフリカ。制裁解除後に行われた96年ラグビーWカップ・南アフリカ大会以来となる、ビッグイベントの開催となった。

Wカップ予選には世界中から、過去最高となった199の国と地域が参加した。その結果、初出場はスロバキア(94年にチェコと分離)だけ。ユーロ08でベスト4に入ったロシアとトルコが予選敗退したほかは、過去大会の優勝国全てが出揃うなど強豪チームが顔を並べる大会となった。

だがこの大陸別予選で前回準優勝国のフランスが波紋を起こす。サンドニで行われたアイルランドとのプレーオフ第2戦、フランスはギャラスによる延長の同点弾で本大会出場を決めていた。だがこのゴールには「アンリのハンドによるアシスト」があった、とアイルランドから激しい抗議が行われた。

試合後アンリがハンドを認めるような発言をしたため、アイルランドは再試合や特別枠での出場を求めてFIFAに提訴、騒ぎは大きくなっていった。結局アイルランドの訴えは認められなかったが遺恨は残り、この出来事はフランスの権威失墜を暗示するものとなった。

「レ・ブルー」の内紛と失墜

10年Wカップ・南アフリカ大会は6月11日、ヨハネスブルグのサッカー・シティ・スタジアムに8万4千人の観客を集めて開幕した。ブブゼラ鳴り響く開幕戦は、A組に入った地元南アとメキシコの試合。大声援を受けた南アが先制するが、終盤メキシコに追いつかれて1-1の引き分け、勝ち点1を分け合った。

A組もう一つの戦いは、フランスとウルグアイの試合。Wカップでは長らく低迷を続けていたウルグアイだが、エースのフォルランに加えて若手のスアレスやカバーニといったFWが育ち、攻撃陣は充実していた。だが緒戦は慎重に戦い0-0の引き分け、第2戦のメキシコ戦でフォルランが2得点を挙げて3-0の勝利し、ウルグアイはその力を見せ始める。

一方のフランスは攻守ともにバラバラ。攻撃は単独に仕掛けるだけで組織的な崩しもなく、守備にも連動したプレスが見られなかった。リードされながらベンチは無策で、第2戦はメキシコに0-2の敗戦、G/L突破が危うくなってしまった。

6月19日、ドメネク監督を侮辱した選手の言葉が「レキップ」で報道され、同日中に当事者とされたアネルカは代表を追放処分となった。充分な調査がなされないことに反撥した選手たちは、翌20日バスに閉じこもり練習をボイコット。その声明文をなぜかドメネク監督がテレビカメラに向かって読み上げるという、異例のトラブルが発生する。

黄金期を築いたジダンらが退いたフランス代表はリーダー不在となり、ドメネク監督は選手を纏めるどころか、その変人・偏屈ぶりで「レ・ブルー」を停滞させていた。また主力の淫行疑惑問題と身勝手な言動、そして派閥の存在やぎくしゃくした人間関係など、求心力のないチームで起こるべくして起きた事件だった。

事態はサルコジ大統領が介入するスキャンダルまでに発展、チームディレクターが辞任して一応の解決が図られた。22日の最終節南ア戦でフランスは1-2と敗北、崩壊した「レ・ブルー」の監督や選手のふがいなさにフランス国民から厳しい目が向けられる。

A組の1位となったのはウルグアイで2位はメキシコ。ちなみに開催国の南アは得失点差で1ポイント及ばず3位、ホスト国としては初めて決勝T進出を逃すことになった。

監督マラドーナ

B組のアルゼンチンを率いる監督は、あの天才児にして問題児のマラドーナ。50歳となったマラドーナはベンチでも派手なパフォーマンスで賑わし、大会の人気をさらっていった。 “メッシ仕様” でつくられたチームは、イグアイン、テベス、ディマリア、アグエロ、ベロン、マスケラーノ、M・ロドリゲスら豊富なタレントも揃い、韓国(2位)・ナイジェリア(3位)・ギリシャ(4位)に全勝してG/Lを勝ち上がった。

C組で本命視されたイングランドだが、ルーニーやジェラードを擁した自慢の攻撃力が不発。初戦のアメリカ戦を1-1、第2戦のアルジェリア戦を0-0と引き分ける。ようやく第3戦のスロベニア戦をデフォーのゴールで1-0と勝利し、2位での勝ち抜けを決めた。アメリカは最終節のアルジェリア戦で、後半ロスタイムにドノバンが劇的な決勝点。勝ち点で並んだイングランドを総得点でかわして1位となった。

大会直前に大黒柱のバラックを怪我で失い、チーム力の低下を懸念されていたD組のドイツ。しかしエジルやミュラーといった若手が躍動、初戦のオーストラリア戦で4-0と快勝する。続くセルビアには0-1と足をすくわれるが、最終節のガーナにはエジルのゴールで1-0と勝利、1位でのベスト16進出を決めた。D組2位はガーナ、不調だったアフリカ勢の中で唯一の決勝T進出となった。

E組は、前線にタレントを揃えたオランダが3戦全勝で危なげなく1位を決める。日本もカメルーンとデンマークを下して2位、2大会ぶりのG/L突破となった。

前回王者イタリアの敗退

前回チャンピオンのF組イタリアは、退潮傾向にあったセリエAを象徴するように、なんとも華やかさに欠けた陣容となってしまった。ピークを過ぎたトッティはメンバーから落選、代わりにエースとなるような選手も見当たらなかった。

そしてゲームを操るレジスタのピルロは怪我でベンチを温め、鉄壁の守りを誇ったカンナバーロも衰えを隠せなかった。そして守護神ブッフォンは椎間板ヘルニアで、1試合45分の出場に留まってしまう。

初戦パラグアイ戦では主導権を握るも、前半にリードされてイタリアが追う展開。後半デ・ロッシのゴールでどうにか追いつくも、両者決定力を欠き1-1の引き分けとなった。そして第2戦では、2回目の出場でW杯未勝利のニュージーランド相手に大苦戦、開始7分に先制点を許してしまう。このあとイタリアはPKで追いつくのが精一杯、明らかな格下相手に引き分けという不覚をとる。

あとが無くなってしまったイタリアだが、最終節スロバキア戦でもエンジンはかからずじまいだった。スロバキアは司令塔ハムシクを中心に鋭い攻撃、イタリア守備の綻びを突き、ビテクの2ゴールでリードする。終盤は点の取り合いとなったが、イタリアは2-3と敗戦、前回王者はG/L最下位で大会を去ることになった。

F組の1位になったのはパラグアイ、2位はスロバキアだった。ニュージランドのW杯初勝利はならなかったが、3戦を引き分けで3位。アマチュアとセミプロで構成されたチームとしては、大健闘の内容だった。

「死のグループ」G組

G組は、ブラジル、ポルトガル、コートジボワールが同居する死のグループ。世界を震撼させたイングランド大会以来、44年ぶりの出場となる北朝鮮もこの組に入った。ポルトガルはエース・ロナウドの気合いが空回り、好機を生かせず試合はスコアレスドローに終わってしまった。

ドゥンガ監督が作り上げたブラジル代表は、カナリア軍団らしからぬ戦術的秩序と優れたフィジカルを備えたチームだった。初戦ではJリーガーの鄭大世と安英学が先発した北朝鮮と対戦。ブラジルは相手の運動量と中を固めた守りに苦しむが、確実な試合運びで2-1と勝利を収めた。

第2節はブラジルとコートジボワールの対戦。個人技に優れた両チームの戦いは激しいせめぎ合いとなったが、組織力で上回るブラジルが3点を挙げ勝利、早くもG/L勝ち抜けを決めた。それでも負傷を押して出場(日本との練習試合で腕を骨折)したエースのドログバが、終盤に1点を決めて意地を見せた。

北朝鮮の惨敗

もう一つの試合はポルトガルと北朝鮮の対戦。またもや北朝鮮が豊富な運動量と5バックの守備で相手を苦め、前半は0-1と接戦に持ち込む。だが後半に入り北朝鮮が攻めに出ると、地力に勝るポルトガルの思うつぼ。それからは一方的展開となり、空回り気味だったロナウドも最後にゴールを決め、ポルトガルが7-0と圧勝した。

ちなみこの対戦は北朝鮮本国にも生中継で伝えられていたが、後半に虐殺ショーが始まると放送は途中で打ち切られてしまう。

第3節はブラジルとポルガルの強豪対決。だが既に決勝T進出を決めていたブラジルは、カカーとエラーニョが出場停止と怪我で欠場、ロビーニョも休ませ力をセーブする。また、大量失点しない限り勝ち上がりが確実なポルトガルも安全運転、試合は0-0で終わりそれぞれ1位と2位を決めた。

北朝鮮は最終節もコートジボワールに0-3の敗戦、11大会ぶりのWカップは3戦全敗、得点は僅かに1つで、12失点を喫するという苦い結果に終わった。

優勝候補スペイン 黒星発進

H組には08年のユーロを制し、W杯欧州予選も10戦全勝で駆け抜け、優勝候補の筆頭に躍り出たスペインが登場した。初戦のスイス戦、圧倒的なボールポゼッションで中盤を支配するスペインだが、高さと強さを誇る守備陣に跳ね返され得点機は訪れなかった。

後半に入った52分、ロングキックから抜け出したデルディヨクがGKと1対1。カシージャスと交錯してこぼれた球を、フェルナンデスが決めてスイスが先制した。トーレス、ナバス、ペドロと攻撃のカードを切って反撃を試みるスペインだが、GKベーナリオが必死のセーブで無得点に抑える。このまま試合は1-0で終了し、スイスが番狂わせの金星。優勝を狙うスペインには痛いスタートとなってしまった。

2戦目のホンジュラス戦では立ち上がりから猛攻を仕掛けるスペイン。早い時間でビジャが先制ゴールを決め、後半開始直後にもビジャが追加点、2-0と勝利をものにした。しかし一方的に攻めながら決定的なシュートチャンスは少なく、不安を残す内容となった。

ビエルサの戦術

南米の知将ビエルサ監督率いるチリは、スピーディーかつダイナミックな展開でホンジュラスを圧倒、1-0というスコア以上に力の差を見せた。そして第2節スイス戦は、双方がやり合いイエローカードが乱れ飛ぶ激しいゲームとなった。31分、スイスのベーラミが肘打ちを犯して一発退場、するとビエルサ監督は後半にゴンザレス、バルディビア、パレデスらを続々投入、ここぞとばかりに攻勢をかける。

75分、バルディビアのスルーパスから、DFラインを抜け出したパレデスが右サイドでクロス。それをゴンザレスが頭で合わせ、スイスのW杯無失点記録を559分でストップする得点を決めた。スイスの反撃を抑えたチリは1-0と勝利、G/L勝ち抜けを確実にした。

最終節はスペインとチリの対戦。チリのハードプレスに自慢のパス回しを封じられてしまったスペインだが、24分にチリDFの一瞬の隙を突いてビジャがロングシュートを決める。37分、トーレスからのパスをイニエスタが左のビジャに展開。そこからリターンを受けたイニエスタが、確実に2点目を流し込んだ。

直後に退場者を出したチリも必死の反撃、後半開始の47分に1点返す。このあと互いに攻め合うが得点は生まれず、3-2でスペインの勝利。スイス対ホンジュラス戦が0-0で終わったため、スペインが1位、チリが2位という結果になった。

こうしてG/Lの全日程は終了。決勝Tの組み合わせは、ウルグアイー韓国、アメリカーガーナ、オランダースロバキア、ブラジルーチリ、アルゼンチンーメキシコ、ドイツーイングランド、パラグアイー日本、スペインーポルトガルとなった。

次:第19回南アフリカ大会-後編

カテゴリー サッカー史

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