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マルセル・カルネ監督「天井桟敷の人々」

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戦中フランス映画の大河劇

45年公開の『天井桟敷の人々』は、フランス映画界の巨匠マルセル・カルネ監督がドイツ軍占領下の圧迫に耐え、3年3ヶ月という撮影日数を費やして完成した執念の作品。19世紀のパリを舞台にした大河劇であり、贅を尽くした衣装や大がかりなセット、そして美女を取り巻く絢爛たる愛憎絵巻というその内容は、戦時下の製作であることを少しも感じさせない。

映画は190分に及ぶ大作で、前半の「犯罪大通り」と後半の「白い男」による二部構成となっている。『霧の波止場』『悪魔が夜来る』などの名コンビ、カルネ監督=プレヴェール脚本による最高傑作で、古典の風格を備えた永遠の名作だ。

45年の公開時パリで大ヒットし、その後世界中でも大当たりした。反戦のメッセージを盛り込むことも、まして占領軍に屈服することもなく、ひたすら己の信じる芸術作品を撮り上げたカルネ監督のレジスタンス魂は、みなぎる緊張感となって今なお見る人の胸を打つ。

運命の人物絵巻

身体は売っても心は売らない美貌の女芸人ガランス(アルレッティ)を巡って、パントマイム役者バティスト(ジャン・ルイ・バロー)と野心家の役者ルメートル(ピエール・ブラッスール)、そして作家志望の無頼漢ラスネール、富と権力で女を囲うモントレー伯爵、バティストの妻になるナタリーら、多彩な人物が複雑に絡み合う運命の物語。

中心となるのはバティストとガランスの恋。互いに惹かれ合いながら、5年後にやっと結ばれた二人。だが子供を連れたナタリーの訴えにガランスは恋をあきらめ、バティストを振り切ってカーニバルの雑踏の中に馬車を走らせる。

「犯罪大通り」のオープンセットは全長約400mにおよび、群衆のエキストラとして1500人が動員された。戦時下のため様々な曲折があり、企画から完成までの困難を乗り越えてつくられた。ナチス占領下、抵抗運動で地下に潜った芸術家たちも参加し、トロネールやコスマスなどのユダヤ人は名前を隠し製作に協力している。

出演者と脚本について

主演のジャン・ルイ・バローは白塗りのピエロを演じたこの作品で最高の演技を披露、アルレッティのガランスも当時45歳とは思えない妖艶さと気品を備えた名演で魅せている。

バティストの妻ナタリーを演じたマリア・カザレスはこの作品が映画初出演、また『黄金時代』(30年、ルイス・ブニュエル監督)のガストン・モドが盲人役で出演している。

そして、「人生は素晴らしい。あなたも人生と同じように素晴らしい」「俺はやがて飛ぶ首をまっすぐに立てて闊歩しているのだ」「あなたは美しすぎて誰にも愛せません。美は醜い世界への侮辱です」など、プレヴェールのエスプリが効いたセリフが至る所に見られ、独特の詩的な世界を醸し出している。

主演の二人とマルセル・カルネ監督

ジャン・ルイ・バローは、小学校卒業後に職を転々としたのち俳優となり、パントマイムも学んだ。コメディ・フランセーズ所属後ルノー・バロー劇団を結成、仏演劇界のリーダーとなっている。生きることへの喜びと哀愁をマイムという技を使って余すことなく表現し、運命に立ち向かう人間の苦悩や葛藤を格調高く優雅に演じた俳優である。

アルレッティは女工、タイピスト、秘書、マネキンモデルなどの職を経て、20歳を過ぎから舞台への道を志している。40歳過ぎで出演したカルネ監督『北ホテル』でようやくスターとなったという遅咲きながら、匂いたつような熟女の色香で男たちを魅了した。

マルセル・カルネ監督は保険会社勤務を経て29年に映画界入り。『巴里の屋根の下』のルネ・クレール監督、『女たちの都』のジャック・フェーデ監督、この両巨匠のもとで助監督を務めた。36年に監督へ昇進、詩人で脚本家のジャック・プレヴェールと組んだ作品はロマンチックな運命論に満ち、「詩的リアリズム」と呼ばれ一時代を築いた。

ナチス占領後もパリに留まって創作活動を続け、終戦後に『天井桟敷の人々』を発表、歴史に名を残す監督となった。だがプレヴェールとコンビを解消してからは低迷、『嘆きのテレーズ』(53年)のような秀作もつくったが、ヌーベルバーグの若手たちに時代遅れの監督と見なされるようになってしまう。

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