BS12「スナック 胸キュン」フローラン・ダバディ




BS12の『スナック 胸キュン1000% ママこの人つれてきた!』は、80~90年代にときめいた有名人が訪れるノスタルジック酒場「スナック 胸キュン」で、ママの中村静香とゲストがあの日を振り返るトークを繰り広げるバラエティ番組。

そして9月6日に放送された第39話は、常連客ペナルティー・ヒデが元サッカー日本代表フィリップ・トルシエ監督の専属通訳を務めたフローラン・ダバディを連れての来店。日本中が熱狂した02年日韓W杯を初め、当時の代表チームの裏話を語る内容だ。

ヒデに紹介されてお店に現れたのは、ノッポで人の良さそうな外国人のおじさん。「この人知ってるよね」とヒデに問われ、戸惑いながら「盆栽やって日本に棲みついたyouの人?」と苦し紛れのボケをかます静香ママ。「トルシエ監督」のワードで、「はいはい、聞いたことあります」とようやく反応。ホントにスナックみたいな会話だな。


まず話題は、ダバディがトルシエ監督の通訳となった経緯から。語学が得意だったダバディはパリで日本語を習得、日本政府の奨学金を貰って来日したそうだ。そして、フランス出版社の日本支社で編集者のバイトを始めた99年、突然彼に代表監督専属通訳の話が舞い込む。

そこには監督就任1ヶ月で、トルシエの要求についていけなかった日本人通訳3人が辞任、または解任されたという事情があった模様。それでも代表監督の通訳に興味を持ったダバディが履歴書を送ると、すぐに採用となったらしい。

当時44歳だったトルシエ監督の第一印象は、「エネルギーの塊」。深夜に及ぶ仕事でグッタリする日本人スタッフに、トルシエは「まだ終わっていない」と叱咤、毎日精力的に活動を行っていたとのこと。監督の信頼を得たダバディは、そんな日々を「刺激的だった」と振り返る。

「日本語を使う技術(優しい言い回しなど)が拙かったため、監督の厳しい言葉をストレートに伝えていた」と語るダバディ。トルシエの言った「何だこのシュートは、信じられない」を、「もっと頑張れ」と意訳すればいいのに「ホントニ、ヘタダネー」と通訳。さらにその意図が伝わっているか不安になり、「サッカー辞メレバイーノニ」を重ねて選手たちを怒らせたそうだ。

「監督によく怒られていた選手は?」の問いには、予想通り「小笠原満男」の回答。寡黙で忍耐強い小笠原は、トルシエにいくら言われても反応が薄く声も小さく、それがさらに監督の怒りを買うこととなったようだ。

ダバディが「彼はそんな性格なんですよ」と忠告すると、トルシエは「それは分かってるけど、誰かを叱られ役にしないと全体が引き締まらない」と答えたそう。小笠原の木訥とした東北人気質が、格好のターゲットとされてしまったのだ。

小笠原の怒られ役がパターンとなってしまったため、ビブスの色決めに迷う彼に「早く決めろよお前!」と思わず怒鳴っちゃったというダバディ。皆は「トルシエさん何も言ってないよ」と唖然。それでも優しい小笠原さんは、後ろを通るとき「フローランきついよ、これ無いね」とひとこと言ってすましてくれたそう。

反対に心打つエピソードは、2000年のシドニー・オリンピック。トルシエ率いる五輪代表は準々決勝でアメリカと対戦、後半45分に追いつかれてPK戦の末敗退を喫してしまう。試合後NHKのインタビューを受けるトルシエ監督だが、後ろでアメリカ選手が喜ぶ姿を目にしたダバディは感情があふれ、涙が止まらなくなって通訳不能となってしまったそうだ。

その悔しい想いをともにするトルシエ監督と選手たち、まさにダバディが日本代表との絆を感じた瞬間だったと語る。

その時代、代表の中心に君臨していたのが中田英寿。巧い選手はいくらでもいたが、中田英の存在は別格だったと振り返るダバディ。トルシエら外国人にも臆することなくディスカッション、強いポリシーと明確な理論で、冷静に自分の意見をぶつけていたとそのパーソナリティーを語る。そんな中田英の唯一の弱みは、「野菜、食ベナーイ」だそう。

話題は日韓W杯の話へ。試合当日の会場周辺は人の海、パトカーに先導された選手のバスが近づくと、目の前の海が十戒のように割れた光景は今思い出しても鳥肌がたつそうだ。日本はグループリーグを突破、ホスト国としてのミッションを無事遂げた。

しかしそのあと、張り詰めていた気持ちが切れてしまった選手たち。決勝トーナメントのトルコ戦では、チームを動かすガソリンが尽き果てていたとのこと。その時の事を「タフだったねー」と述懐するダバディ。日本サポーターには消化不良に思えたが、それが当時の日本の限界だったのだろう。

それでも初のベスト16入りを果たした日本代表。トルシエは選手とスタッフのために特別手当を要求し、それが協会に認められて皆にボーナスが支払われることになったそうだ。当然ダバディにもボーナスが渡り、普段はエキセントリックに振る舞うトルシエもちゃんと周りに気を遣う人なんだと感心。

「大変だったけど、Wカップも経験してあっという間の4年間だった」と思い出を振り返るダバディ。現在はスポーツジャーナリストとして活躍しているが、もうサッカーにはほとんど関わってないとのこと。トルシエ(現在ベトナムで選手育成を担当)とは今でも交流を持っているが、二人の話題はもっぱらワインのことらしい。

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