アンジェイ・ワイダ監督「灰とダイヤモンド」

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1957年制作の『灰とダイヤモンド』は、ポーランドの作家イェジ・アンジェイェフスキが48年に発表した小説を映画化した作品。この前年、『地下水道』(カンヌ国際映画祭批評家連盟賞を受賞)でセンセーショナルに登場した、ポーランドの社会派監督アンジェイ・ワイダが続けて放った問題作。

1945年、ソビエト軍によってナチスから解放された祖国ポーランドに失望した抵抗組織の若者が、新政府要人の命を狙いながら、テロと平凡な人間としての愛の狭間に迷い、街外れのゴミ捨て場で無残に死んでいく様を冷めた視点で冷徹に描いている。

前述の『地下水道』や55年の『世代』と並ぶ “レジスタンス三部作” の一つで、アンジェイ・ワイダ監督とポーランド映画は一躍世界の注目を浴びることになる。また黒眼鏡のテロリスト、マチェクを演じたズビグニエフ・チブルスキーは、暗い時代に生きる青年の悲劇を好演、早くしてこの世を去ったこともあって「ポーランドのジェームズ・ディーン」と呼ばれた。


第二次世界大戦中、ナチス占領下にあったポーランドでは、ソビエトと繋がりを持つ共産党系と、イギリスに亡命政権を置く自由主義系の2つの組織が抵抗運動を続けていた。ドイツ軍の降伏によりポーランドは解放され、共産党主導の新政府が樹立される。

だが自由主義系のマチェクにとって、それは失望以外の何ものでもなかった。テロリストとなり新政府に抵抗するマチェクは、一度は失敗したものの、モスクワから来た要人の暗殺を遂行。彼は無関係の者を誤射しても平然としていたが、ホテルの給仕クリスティナ(エヴァ・クジジェフスカ)と恋仲になって以来、殺し屋稼業に疑問を抱き出す。

自分の行動と愛情のジレンマにたち、マチェクは苦しみ悩む。それでも最後の暗殺を決行、保安隊の銃弾を浴びて絶命する。ラストでマチェクが白い洗濯物の間を通り抜け、ゴミ捨て場で野良犬のように息絶えるシーンは鮮烈である。

火を付けたウォッカを滑らせながら、死んだ仲間たちの名前を呟くマチェク。彼の手により路上で殺された、地区書記の顔のそばに水たまりに、打ち上げられた大祝勝の花火が写る。ホテルのホールで踊る人々と対比する虚しさが、闘いはいったい何をもたらしたのかを静かに問いかける。

ポーランド亡命政府の指示によるワルシャワ蜂起(44年)がソ連軍により見殺しにされ、ポーランド国内の複雑な対立に影を落としたことがこの作品の背景となっている。ワイダ監督の映画づくりは厳しい検閲との闘いを強いられ、党幹部を暗殺した若者が主人公という設定に難色が示されたが、検閲官はマチェクが野垂れ死にするという結末に納得したという。

そうした自由にものを語れぬ共産党主義体制の中で、ワイダ監督は象徴的な映像に観客へのメッセージを託した。そして一般の観客たちも無残に死んでいくマチェクの姿に観客は感じ入り、検閲官とは別の解釈をしていくようになる。

マチェクの青春の苛立ちに、終戦が解放ではなく、さらなる抑圧の始まりだった祖国の歴史を凝縮して、ワイダ監督はポーランド国民の本音をスクリーンに代弁して見せたのである。

マチェクを演じたくチブルスキーは、西ウクライナに位置するクニアズの生まれ。第二次世界大戦中の少年時代に、レジスタンス活動に参加した経験を持つ。54年にクダニスク(ポーランドの湾港都市)で学生劇団を結成、そこで演出・脚本・俳優と活躍した。

54年、ワイダ監督の『世代』に出演。その後は映画に出演しながら、舞台活動も盛んに行った。59年の映画『夜行列車』で人気を確立し、それからは国際的な活躍も見せていたが、67年1月8日ヴロツワフ駅で走り出した列車に飛び乗り損ねて事故死している。

39歳没と若い死だったが、『灰とダイヤモンド』での鮮烈な青年像は、その姿を見た人々によって永遠に記憶されることになった。

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