たけしの これがホントのニッポン芸能史「ひとり芸」




ビートたけしと所ジョージが独自の視点で日本の芸能を語り尽くす、BSプレミアム『たけしのこれがホントのニッポン芸能史』、今回のテーマはたった一人で観客を魅了する【ひとり芸】。

話芸だけで勝負する漫談に始まり、楽器を演奏したり手品を使ったりと、そのスタイルは多彩。シンプルだが奥の深い芸能「ひとり芸」の難しさと魅力を、懐かし映像を振り返りながら たけしが語り尽くす。

その講義を受けるスタジオゲストが、ずんの飯尾和樹とハーフタレントのトラウデン直美。そして毒舌漫談で人気の綾小路きみまろが特別講師として参加。無名時代から縁の深い たけしと、ひとり芸談義に花を咲かせた。


番組の前半は、ひとり芸の歴史を辿るコーナー。ひとり芸がお茶の間で見られるようになったのが1960年代。数々の演芸番組が誕生し、それまで寄席でしか見られなかった芸人たちが多くテレビに登場してきたのだ。

そのひとり芸のルーツとされるのが40年代の活動弁士、徳川夢声と大辻司郎。そして夢声の弟子だった牧野周一が活動弁士から漫談家に転身、世相や風俗を斬って50年代に人気を博し、漫談を演芸のいちジャンルとして定着させた。

60年代になるとテレビ時代が到来。牧野周一の弟子筋である牧伸二(ウクレレ漫談)やポール牧(指パッチン)、ケーシー高峰(医事漫談)ゼンジー北京(マジック漫談)といった、寄席や劇場で活躍する芸人たちがテレビで見られるようになった。

70年代には新興勢力が登場、ひとり芸の可能性が爆発的に拡がることになる。TBSの若者番組『ぎんざNow』の【しろうとコメディアン道場】のコーナーから、多くの素人芸人(コンテストに応募してきた、師匠を持たない視聴者)が続々現れた。

その代表格が関根勤。番組はその他にも小堺一機、清水アキラ、さくら金造、あご勇、といった「芸人らしくないお笑いタレント」を輩出していった。若い視聴者たちは寄席芸人による予定調和のネタに飽き足らなくなっており、時代の感覚に合った新鮮な笑いを求めはじめたのだ。

さらに80年代の日本テレビ『お笑いスター誕生!!』に、コロッケ、でんでん、竹中直人、九十九一、ブラザートムといった、お笑いに留まらない才能を持った次世代タレントたちが登場、テレビのひとり芸に新たな流れが生まれ始める。

90年代には日本テレビ『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』で、出川哲朗、ダチョウ倶楽部といったリアクション芸人が活躍。新しいジャンルの派生により、ひとり芸も多様化の時代を迎えて現在に至っている。

ひとり芸のおさらいをしたあとは、毒舌漫談家の第一人者である綾小路きみまろを交えての毒舌芸談義。人気を博した毒舌家と言えば、立川談志、毒蝮三太夫、太田光、有吉弘行といった名前が浮かぶが、もちろん番組MCのビートたけしも、切れ味ある毒舌で一世を風靡した芸人である。

毒舌芸の難しさは、限られた芸人しか出来ないという特殊性にあるだろう。毒舌がただの悪口に聞こえるようでは芸として成立しない。毒舌で観客を笑わせるには、人を納得させる内容のある中身が必要なのだ。それを成立させるのが、共感を得るパーソナリティー、鋭い批評眼、言葉のセンスや発想、俯瞰的視点、といった要素だ。

それらがハマってこそ観客は痛快さを感じるのであり、舌鋒鋭いフレーズが笑いを生み出す。しかしこれらの要素はその人が本来もつ資質によるところが大きく、誰でも目指せば身につくような芸ではない。だから毒舌芸人は貴重なのだ。

「愛情のある毒舌を吐く」をモットーにする きみまろ。中高年を観察しつくし、笑いに変えるのが彼の芸だ。優しさ、言葉遊び、客との距離感、オブラートの包み方、客を熟知したトーンなどが、毒舌を嫌みにしないコツだとのこと。

きみまろの漫談に大きく影響されたという たけし、「1時間あまりを漫談だけで持たせる芸の凄さは、ひとり飛び抜けて2番目がいない」と絶賛だ。

次に、ビートたけしの「コマネチ」に代表されるギャグを取り上げるコーナー。かつてギャク職人として知られた小松政夫さんと財津一郎さんのギャグが、今の子供たちにも通じるか検証。意味のある実験だったどうかはともかく、特に小松政夫さんの「おせーて」や「長ーい目で見てください」なんて今見ても秀逸。

最後は紹介されるの小道具を使ったひとり芸。そろばんを使ったトニー谷の「さいざんすマンボ」、ショパン猪狩(東京コミックショー)の「三蛇調教」、早野凡平の「帽子芸」といった小道具を使ったネタの他に、古くから愛されてきた小道具芸が腹話術。人形を喋らせることで、まるで漫才のような掛け合いを生む高度な芸だ。

その腹話術で誰もが認める第一人者とされるのが、いっこく堂。英語で行ったラスベガスショーでも高い評価を受けたその芸は、技術、アイデア、独創性、こだわりとどれも超一級品。きみまろと同じく、2番目が遙か後ろにしかいないという孤高の存在である。

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