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「ゴールデン・ボーイ」パオロ・ロッシ 死去

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82年W杯優勝の立役者

ワールドカップで活躍した元イタリア代表、パオロ・ロッシさんの死去が、10日に解説者を務めていた国営イタリア放送協会( RAI )から発表された。死因は肺がんとのこと、享年64歳だった。

キャリアのハイライトは82年のワールドカップ。1次リーグからの4試合は無得点と不調だったが、2次リーグのブラジル戦でハットトリックをマーク。ジーコ、ファルカン、トニーニョ・セレーゾ、ソクラテスの “黄金のカルテット” を擁した優勝候補筆頭を3-2で退けた。

準決勝は、ラトーを擁する好調ポーランド相手に2得点、決勝もルンメニゲリトバルスキーブライトナーら強力な攻撃陣擁する西ドイツ戦で先制点を挙げ、イタリア44年ぶり優勝の立役者となり、計6ゴールの活躍で大会得点王とMVPを獲得した。

イタリアのゴールデンボーイ

ロッシさんは1956年、トスカーナ州のプラート生まれ。セリエAのユベントスでリーグ優勝2回を果たし、77-78年シーズンはリーグ得点王にも輝いた。22歳でワールドカップ・アルゼンチン大会に出場。3得点を挙げる活躍でベスト4入りに貢献し、優勝MVPのマリオ・ケンペスに続くシルバーボール賞にも選ばれた。

身長174㎝で細身ながら、鋭い動き出しと得点感覚を武器にワンタッチでゴールを量産。若くしてイタリアのエースとなったロッシさんには、「バンビーノ・ジ・オーロ(ゴールデン・ボーイ)」のニックネームが付けられた。

まさに前途洋々なサッカー人生と思えたロッシさんだが、80年に発覚した八百長疑惑に巻き込まれ、2年間の試合出場停止処分を受けてしまう。そして82年Wカップ開幕直前に代表へ復帰、最初は調子が上がらなかったが、試合勘を戻すとたちまち鬼神のような大活躍を見せ、この年のバロンドール賞も獲得している。

だがその後は膝の怪我もあって精彩を欠くようになり、87年に31歳で現役を引退している。セリエAで公式戦340試合に出場して134得点、代表では46試合20得点の記録を残した。

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