デビッド・ウォーク・グリフィス「イントレランス」

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記念碑的超大作『イントレランス』

1916年公開の『イントレランス』は、“映画の父” と呼ばれるアメリカのデビッド・ウォーク・グリフィス監督が、巨額の製作費と斬新な映画技法を駆使して創った記念碑的超大作だ。

先史時代から現代に至る4つの時代(ユダヤ編、バビロン編、中世フランス編、現代アメリカ編)をまたいだ、「不寛容(イントレランス)」が起こす悲劇を描いた作品。

グリフィス自らが「ゆるやかな4つの川が次第に近づき、流れも勢いを増しながら、やがて合流して大河になる」と語る壮大な叙情詩である。そして物語の繋ぎに登場する揺りかご女を、リリアン・ギッシュが演じている。

4つの独立したエピソードを交錯して描くという特殊な構成を、カットバック、マスキング、フェイドアウト、クローズアップやロングショットを駆使して見せる手法の斬新さは、『戦艦ポチョムキン』のエイゼンシュテインなど後の映画人に多大な影響を与え、芸術的にも評価の高い作品となった。

「ハリウッド・バビロン」の巨大セット

映画芸術の創始と言われた『國民の創世』(1915年)が記録的大ヒット。その巨額の利益を製作費に当て、野心的大作『イントレランス』がつくられた。

もともと2部構成8時間だった作品を、3時間に縮めて公開。しかし当時としてはあまりにも斬新で難解な構成と、時代の空気に合わないテーマ性が観客に受け入れられず、興行的には大失敗してしまった。

そのためグリフィスのつくった製作・配給会社は閉鎖。サンセット大通りの脇に造られた、「ハリウッド・バビロン」と呼ばれる巨大な宮殿のセットも、取り壊すための費用がなく、荒れるまま10年間放置されていたという。

その「ハリウッド・バビロン」建設の裏舞台を描いたのが、タヴィアーニ兄弟の監督・脚本による『グッドモーニング・バビロン!』(87年)である。

日本では、4つの物語を再編集して1919年に公開。そのスケールの大きさと、10円という当時では高額な入場料も話題となり、大ヒットを記録している。

D・W・グリフィスの功績

グリフィスは1875年1月22日、アメリカ南部のケンタッキー州ラ・グレンジ生まれ。さまざまな職業を経験するうちに演劇に興味を持ち、劇作家となる。撮影所へシナリオを売り込んだことから、映画界入り。ストーリーやアイデアが映画化され、自分も出演するうちに演出も任されるようになった。

カメラマンのG・W・ビッツァー協力のもと、映像の技術開発や、新しい演出技法を生み出すことを推し進め、南北戦争をスペクタクルに描いた『國民の創世』が大成功したことから、「映画の父」と呼ばれるようになる。

だが『イントレランス』の興行的失敗が響き、以降は失意の日々を送ることになる。その後もリリアン・ギッシュ主演の『散りゆく花』(19年)や『東への道』(20年)でヒットを飛ばすが、その内容は革新さが陰を潜め、大衆受け狙いにすぎないものになっていった。

そして次第に時代とのズレが生じ、30年代にはハリウッドから忘れ去られる存在となってしまう。48年7月23日、ロサンゼルス市内のホテルで死去、享年73歳。晩年は酒浸りの生活を送っていたという。

それでも、その後の映画技法に大きな影響を与えた『イントレランス』は、映画史に残る記念碑的作品として、現在は揺るぎない評価を得ている。

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