ミロス・フォアマン監督「アマデウス」

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モーツァルトの半生

84年公開の『アマデウス』は18世紀の天才作曲家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの後半生を、宮廷音楽家アントニオ・サリエリの回想として描いた歴史絵巻の娯楽大作。

映画の舞台は音楽の都ウィーン。“アマデウス” は「神に愛されし者」の意で、モーツァルト自身が好んで名乗った愛称だという。

劇作家ピータ・シェーファーによる舞台劇『アマデウス』をもとに『カッコーの巣の上で』(75年)のミロス・フォアマン監督が、18世紀の宮廷風俗を豪華絢爛に再現。ユーモアとアイロニーを交えて天才と凡人の葛藤を描いた。

主役の凡庸な音楽家アントニオ・サリエリを演じるのは、F・マーリー・エイブラハム。不遜な天才作曲家モーツァルトを、トム・ハルスが演じている。

凡人の苦悩 天才の悲劇

35歳の若さで死んだモーツァルトの死因には諸説あるようだが、映画の脚色も担当したピータ・シェーファーはユニークな暗殺説をもとに、奔放な天才に対するサリエリの嫉妬という視点で物語をつくりあげた。

1823年11月のある夜、雪のウィーンの街角で1人の老人が自殺を図った。精神病に運ばれたその老人は「許してくれ、お前を殺したのはこの私だ・・・」と口走りながらもがき苦しむ。

その老人こそ、かつて宮廷音楽家として皇帝から重用されていたアントニオ・サリエリ。彼は自分を訪ねてきた神父に、自分が殺したという男について語り出す。

かつて宮廷でも有能な人物として一目置かれ、平穏な日常を送っていたサリエリ。そんなある日、悪気はないものの、傍若無人に振る舞うモーツァルトが宮廷に現れ、サリエリは悪夢の日々を迎えることになる。

下卑た笑い声を上げながら、下ネタ全開で軽薄にはしゃぎ廻るモーツァルト。サリエリを始めとする宮中の者は皆彼を軽蔑するが、その音楽は大衆の人気を集めていた。

天賦の才を持つモーツァルトの生み出す美しい旋律は、まさに「神に愛されし者」の証明。それを誰よりも理解するサリエリは、自分が凡人に過ぎない事を思い知らされる。嫉妬に駆られたサリエリは、味方を装いながらモーツァルトを陥れようとする。

だがモーツァルトは、そんなサリエリの苦悩や彼の真意などつゆほども知らない。幼い頃から父親に支配され、心が子供のまま育ってしまった彼も、肉体と精神のアンバランスという悲劇を抱えていたのだ。

楽聖イメージをひっくり返す人物造形

ミロス・フォアマン監督は、かつて亡命した故郷チェコのプラハに大がかりなロケーションを行い、当時の音楽文化・風俗を念密な時代考証とともに豪華壮麗に再現。

舞台では出来なかったオペラや歌芝居、仮面舞踏会から野外コンサート、果ては早逝した天才が埋められた郊外の共同墓地と、モーツァルトの世界をスクリーンに現出させた。

そして楽聖のイメージをひっくり返す、唖然とするような映画のモーツァルトの人間像。この人物造形の面白さが、作品の幅を広げている。

『アマデウス』は、85年の米アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、脚色賞、美術賞、衣装デザイン賞、メイクアップ賞、音響賞の8部門を受賞。大きな話題となった。

主演男優賞を受賞したエイブラハムは、当初小さな役でキャスティングされていたとのこと。台本読みでサリエリの代役を務めたとき、そのあまりの演技力の高さに驚いたフォアマン監督によって、主役に抜擢されたそうだ。

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