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「爆撃機」ゲルト・ミュラー死去

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ドイツサッカー界のレジェンド

ドイツサッカー界のレジェンド、ゲルト・ミュラーさんの死去がバイエルン・ミュンヘンより発表された。

ミュラーさんは長らくアルツハイマー病を患っており、去年11月から危篤状態になっていたという。15日の早朝にベッドの上で亡くなっているのが発見された。享年75歳だった。

1945年11月3日、バイエルン州のネルトリンゲン生まれ。バイエルン・ミュンヘンと西ドイツ代表で同僚となるベッケンバウアーとは同郷で同い年である。

60年代終盤からベッケンバウアーとともにバイエルン・ミュンヘンの黄金期を築き、7度のブンデスリーガ得点王を獲得。泥臭いプレーを身上とし、抜群の嗅覚とゴールへの執念で得点を量産した。Pエリアで確実にゴールを陥れる破壊力から「デル・ボンバー(爆撃機)」の異名をとった。

 

世界最強のゴールハンター

70年のワールドカップでは10ゴールを挙げて大会得点王。自国開催となった74年のワールドカップでは、クライフ擁するオランダとのファイナルで決勝点を叩き出し、西ドイツ2度目の優勝に貢献している。

ワールドカップ通算14得点は、06年大会でブラジルのロナウドに抜かれるまで歴代1位の記録だった。(14年大会でクローゼが16得点で更新)

79年にバイエルンを退団し、その後北米リーグでプレーし81年に現役引退。バイエルン・ミュンヘン通算得点(515点)、ブンデスリーガ通算得点(365点)、西ドイツ代表通算得点(68点)は今も残る歴代最多記録。ブンデス1シーズン最多得点(40点)も、昨季レバンドフスキーに更新されるまで49年間記録を保持していた。

引退後はアルコール依存症に苦しむが、かつてのチームメイトに助けられて再生。14年までバイエルン・ユースのコーチを務めた。

まさに70年代を代表するストライカーであり、得点力では世界最強と言っていいレジェンドプレーヤーだった。

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