サッカー史一覧

日本女子サッカー史 3. 飛躍のとき

アテネ五輪出場を決めた日本女子代表に「なでしこ」の愛称がつけられた。その後も国際大会の経験を重ね、なでしこは徐々にその実力を伸ばしていく。ドイツWカップの出場を控え、佐々木監督のもと順調に強化が進むなでしこジャパン、そこへ最大の試練が訪れる。

日本女子サッカー史 2. なでしこ誕生

活躍の場を求めてアメリカに渡った澤穂希、米女子リーグでその実力を発揮する。一方、日陰の時代が続いていた日本女子サッカーにも、ようやく光明が差し始めた。そして04年にアテネ五輪のアジア予選が開始。日本は、己の命運を懸けて北朝鮮との一戦に臨む。

日本女子サッカー史 1. 日陰の時代

東京五輪後日本にサッカーブームが起き、女子にサッカーチームが誕生する。そして徐々に本格的な競技として発展し、全国リーグも発足、世界大会にも参加を果たした。だが代表チームは世界の舞台で芳しい結果を残せず、一時隆盛を見せたLリーグも消滅の危機を迎える。

サッカー日本代表史 10. 苦闘の最終予選

日本は正念場の韓国戦で逆転負け。中央アジアでの戦いでも流れを変えられず、ついに加茂監督は電撃解任となった。急遽臨時指揮官に就任した岡田武史はチームの修正を図るが、なおも日本代表の苦闘は続く。だが敵地の韓国戦で起死回生の勝利、日本にW杯への道が拓かれた。

サッカー日本代表史 9. 広がる不安

ファルカンの後任として、加茂周が代表監督に就任。「ゾーンプレス」の新戦術を掲げて代表の強化に取り組むが、アジアカップで無策を露呈するなどその手腕が疑われた。そして中田英寿らの新戦力を加えた日本代表はW杯最終予選に臨み、苦闘の道のりを歩むことになる。

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