19日、J2大宮アルディージャに所属するGK南雄太(44)の今季限りでの引退が、クラブの公式サイトを通じて発表された。
公式サイトでは、「26年間という、自分でも到底想像も出来なかった長い現役生活をこの年齢まで過ごしてこれたのは…(中略)自分に関わって頂いた全ての方々のおかげに他なりませんし、ただただ感謝という言葉しかありません。本当に本当にありがとうございました!」とのメッセージを寄せている。
南選手は26年間のプロ生活でJリーグ通算665試合に出場。これはゴールキーパーとしての最多出場記録である。
1979年9月生まれの神奈川県川崎市出身。3人兄弟の長男として育った。東京に移転した先の幼稚園でサッカーを始め、杉並区立久我山小では学校のクラブでプレー。当時はフィールドプレーヤだったという。
小6のときに読売クラブの入団テストを受けて合格。しかし進学した宮前中で入部したバスケットボールに夢中になり、読売の練習にはあまり参加しなかったとのこと。公式戦の出場もままならなかったが、高校サッカーと静岡でプレーすることの憧れから、静岡学園のセレクションを受けた。
高1のインターハイ予選敗退後、静学の正GKに大抜擢され、95年の全国サッカー選手権優勝に貢献。97年にはU-20代表に最年少の17歳で選出され、ワールドユース選手権(現U-20W杯)のスタメンも勝ち取ってベスト8進出に貢献する。
高校卒業後は柏レイソルに入団。98年7月のヴェルディ川崎戦でJリーグデビューを飾る。そしてこの年のJリーグ優秀新人賞に輝くと、以降レイソル守護神の座を守り続けた。
99年4月にはナイジェリア開催のワールドユース選手権に出場。「黄金世代」の一人として世界大会準優勝の快挙を経験する。しかしシドニー五輪アジア1次予選を最後にポジションを曽ヶ端準に奪われ、2000年のオリンピックメンバーからは落選してしまう。
01年にはプロ入り後1度も警告を受けていない点が評価を受け、フェアプレー個人賞を受賞。その一方でキック精度の低さや集中力に欠ける面を指摘され、ついにフル代表のピッチに立つことはなかった。
04年の広島戦では、リスタートからのフィードボールを誤って真後ろに投げ、オウンゴールしてしまうという失態。これは「伝説のオウンゴール」として長らくネタ扱いにされた。
このあとJ2のロアッソ熊本、横浜FCを経て、21年シーズン途中に大宮アルディージャへ移籍。40歳を過ぎてもゴールマウスに立ち続けたが、23年シーズンの出場は2試合にとどまり、このたびの引退発表となった。
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