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溝口健二「西鶴一代女」

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溝口健二監督の一大傑作

52年公開の溝口健二監督作品『西鶴一代女』は、井原西鶴の浮世草子『好色一代女』をもとに、数奇な運命に弄ばれながら逞しく生きる女性の半生を、元禄時代に舞台をおいて描いた物語。

戦中・戦後と長い低迷が続いていた溝口監督は、後輩・黒澤明監督の『羅生門』が1951年のヴェネツィア国際映画祭グランプリを受賞したという報を聞き、大先輩の自分が負けていられないと大いに発憤したそうだ。

そしてかねてからの念願だった『好色一代女』の映画化に着手。同じくスランプにあった主演・田中絹代の並々ならぬ作品への取り組みもあり、『西鶴一代女』は溝口らしい迫力のある傑作として高く評価される。

作品は52年のヴェネツィア国際映画祭に出品され、ジョン・フォード監督の『静かなる男』とともに国際賞を受賞。それによって「ミゾグチ」の名は初めて海外に知られることになり、移動とパンを緩やかに紡いでいく独自のスタイルとワンシーン・ワンカットの長回し撮影は、ジャン = リュック・ゴダールなどヌーベルバーグの若い作家たちにも大きな影響を与えた。

映像化された一代女

原作は、元禄時代の一人の尼僧の生涯が回想形式で語られ、当時の性事情と風俗がリアルな描写で綴られる。溝口監督はこれを、女の本性を探るという視点から再構成し、依田義賢の脚色でまったく別の「一代女」を撮りあげた。

その結果、作品は極めて宗教的なものとなり、当時原作との差異を指摘する声もあったが、それでも作品の評価が下げることがなかったのは、ひとえに溝口監督の俯瞰的に人間を見据えた描写と、主人公・春の15歳から50歳に及ぶ生涯を、気高く演じきった田中絹代の力による。

奈良の荒れ寺で、遊女お春は羅漢堂の像に男たちとの重い出を蘇らせていく。若い頃、御所勤めをしていた春を愛したのは、身分の卑しい勝之助(三船敏郎)、彼女にとっても初恋の相手だった。しかし身分違いの恋は当時の御法度、春は追放となり勝之助は斬首刑に処せられる。

その後大名の愛妾となって子供ももうけるが、奥方に妬まれ実家に返されて流転の人生が始まる。島原の廓に売られ、男に騙されるなど不運が続くが、扇屋弥吉(宇野重吉)の妻になってささやかな幸せが訪れる。

しかしその生活もつかの間、弥吉は押し込み強盗に殺され、孤独の身となった春は各地を流浪。またも男に裏切られながら、道端で佇む街娼にまで身を持ち崩してしまう。

ヌーベルバーグへの影響

田中絹代の演じる春の生涯は、男性本位社会における不幸な女性の運命として語られる。春を取り巻く男たちの貪欲さ、酷薄さ、俗物性、好色さが辛辣を極める描写で次々と示され、そうした多くの男たちになぶり者にされながら、一途に真心からの愛を求めてやまない彼女は、最後には男たちの罪を一身に引き受ける聖女のような面影を帯びるようになる。

これは、女を食い物にする男の醜さと、男に反抗する女の美しさを描き続けてきた溝口作品のひとつのピークをなすものであり、ここに至って女性への贖罪というテーマは、虐げられた女の聖化という宗教的な色合いを深く帯びることになった。その宗教性は、続く『雨月物語』(53年)と『山椒大夫』(54年)でいっそうはっきりしたものになる。

この3本の作品はヴェネツィア国際映画祭で3年連続して入賞し、ワンシーン・ワンカットと呼ばれる溝口の長回しは、アンチ・モンタージュ理論として特にフランスで高く評価された。

ことにヌーベルバーグの若い監督たちへの影響は顕著で、ジャック・リヴェットは自作『修道女』(65年)を『西鶴一代女』の意図的な模倣だと公言。ジャン = リュック・ゴダールは『軽蔑』(63年)のラストでカメラが海へパンするシーンを、『山椒大夫』のラスト場面へのオマージュだと認めている。

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