007「ドクター・ノオ」ジェームズ・ボンド誕生

スポンサーリンク

ダニエル・クレイグ最後のジェームズ・ボンド役となる、007シリーズ最新作『ボンド25(仮題)』は2019年の公開を予定されていたが、監督のダニー・ボイルが突然降板したため作品の完成はさらに遅れそうだ。

伝統的な人気シリーズであり過酷なアクションを要求されるボンド映画において、主演にかかる精神的・体力的なプレッシャーは半端なものではない。ダニエル・クレイグも今年50歳、年齢的なものを考えれば一刻も早く撮影に取りかかって欲しいところだ。

「007 / ドクター・ノオ」映画化決定

映画史に残る人気シリーズとなった007映画を成功させたのは、初代ジェームズ・ボンド役に抜擢されたショーン・コネリーの魅力と、ボンド映画のスタイルをつくったテレンス・ヤング監督の功績が大きいだろう。

イギリス出身の映画制作者、A・R・ブロッコリはカナダ人プロデューサーH・サルツマンと共同でスパイ小説007シリーズの版権を獲得すると、さっそく映画制作に取りかかることになる。少し悶着があったものの最も映画化にふさわしい作品として『ドクター・ノオ』が選ばれ、監督はブロッコリと旧知の仲であったテレンス・ヤングに依頼された。

難航したのは一番肝心なジェームズ・ボンド役に誰を選ぶかであった。ケイリー・グラントやジェームズ・メイソン、リチャード・バートンといった有名スターの名前も挙がっていたが、ブロッコリは若手俳優の起用を考えていた。サルツマンや出資者との話し合いが行き詰まる中、候補として浮上したのがディズニー映画『四つの願い』で男の臭いを放っていたショーン・コネリーだった。

1961年夏、ブロッコリはショーン・コネリーを、サルツマンや映画会社の重役も待つイギリスのオフィスに招いた。コネリーは彼らとの面談を終えるとオフィスを出て、向かいの道を悠然とした足取りで去って行く。この姿は後にブロッコリが「大きなジャングルキャットのように堂々と優雅だった」と回想するほどの印象を残し、ジェームズ・ボンド役が決定した。

テレンス・ヤング監督とショーン・コネリー

テレンス・ヤングはショーン・コネリーがボンド役に決まったことを知らされると「大惨事だ・・・」と嘆いたと言われている。原作者のイアン・フレミングは小説のボンドに、従兄弟である俳優のクリストファー・リーをイメージして書いており、監督のテレンス・ヤングも英国紳士のボンド像を描いていた。ショーン・コネリーについては、以前監督作品に出演した際の印象しかなく失望したのだ。その作品のコネリーは端役で、女性を襲う粗暴な男を演じていた。

だが、実際ショーン・コネリーに会ってみてテレンス・ヤングは考えを変えたようだ。役者として経験を積むうちにコネリーの粗野なイメージは薄れていて、また彼が向上心のある男だと認識したからだ。英国の上流階級出身のヤングは、労働者階級出身のコネリーに英国紳士の振る舞いを身につけさせる。つまり男性版の『ピグマリオン(マイ・フェア・レディー)』だ。

ヤングはコネリーのためにオーダーメイドの紳士服やシャツを仕立てると、ネクタイから帽子に至るまで一流品を身体にまとわせた。さらに高級レストランに連れて行きテーブルマナーを学ばせ、お酒のたしなみ方も教えたのだ。こうしてテレンス・ヤング監督のイメージする、優雅でセクシーな英国紳士のスパイ像が出来上がっていったのである。

ジェームズ・ボンド誕生

『ドクター・ノオ』は無事クランクインし、撮影はボンドのお披露目シーンから始まった。ホテルのカジノで、赤いロングドレスを着た美女とテーブルで向かい合い、カードの賭けをするシーンである。ショーン・コネリーは初撮影の緊張で満足にセリフが言えず、幾度も失敗テークを重ねていた。

ヤング監督は撮影を一旦中断するとショーン・コネリーを自分の控え室に招き、彼に酒を勧めた。コネリーが酒をひと口飲み干し、緊張がほぐれるのを見届けた監督は撮影を再開した。

バカラで勝ち続けた男はひとゲーム終えると、シガレットケースに手を伸ばしレディーに名前を尋ねる。「まだ続けるつもりかい、ミス‥?」

レディーは小切手にサインをしながら答えた。「トレンチ。シルビア・トレンチよ。ツキって怖いわね」そして男に顔を向けると「ええと‥ミスター?」

男は咥えたタバコに火をつけ、煙をくゆらせながらシルビア・トレンチに視線を戻した。

「ボンド。ジェームズ・ボンド」

初登場シーンはテレンス・ヤング監督の意図するものに出来上がった。こうして、今に続くジェームズ・ボンドの物語が始まったのだ。

スポンサーリンク
スポンサーリンク




スポンサーリンク




シェアする

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク