ショーン・コネリーさん死去

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初代ジェームズ・ボンド

イギリスBBCの報道によると、人気映画『007シリーズ』の初代ジェームズ・ボンド役で知られる英俳優ショーン・コネリーさんが10月31日、余生を過ごした大西洋の島・バハマで亡くなったと伝えられた。

妻ミシュリーヌさんの話によれば、晩年のコネリーさんは認知症を患っていたとのこと。最後は家族に囲まれた中、眠るように息を引き取ったという。享年90歳だった。

コネリーさんは1930年8月25日、英スコットランド・エジンバラ生まれ。父親は牛乳を配達するトラック運転手で、自身も中学を終えて牛乳配達員となった。48年に海軍へ入隊し、除隊後は肉体労働や美術モデルをしながら演劇にも関心を抱き、52年のミュージカル「南太平洋」で初舞台を踏む。

54年頃から映画やテレビに出演しだす。そして下積み時代が長く続いた62年に、『四つの願い』(59年)で見せた野性的な色気の魅力が認められ、スパイ映画『007 ドクターノオ』(公開時邦題『007は殺しの番号』)の主役、ジェームズ・ボンド役に抜擢される。

『アンタッチャブル』でアカデミー助演男優賞

『ドクターノオ』は好評を博し007はシリーズ化、63年の続編『ロシアより愛を込めて』(旧邦題『007危機一発』)もヒットした。そして64年『ゴールドフィンガー』の大ヒットで007は世界中にブームを呼び、コネリーさんは粋でセクシーな英国スパイのイメージを確立した。

67年公開『007は二度死ぬ』の撮影で来日し、東京、神戸、姫路城、九州でロケを行っている。そして丹波哲郎、浜美枝、若林英子らと共演し、トヨタ2000GTが映画で使われるなど話題を呼んだ。ジェームズ・ボンドは一代の当たり役となったが、イメージの固定化を嫌い7本で降板する。(83年のシリーズ外作品、、『ネバーセイ・ネバーアゲイン』で復活)

そのあとカツラを脱ぎ捨て、口髭を生やしてジェームズ・ボンドからのイメージチェンジを図る。そして『風とライオン』『王になろうとした男』(75年)『ロビンとマリアン』(76年)などでユーモアと人間味溢れる演技で新境地を開いた。

他にも『未来惑星ザルドス』『オリエント急行殺人事件』(74年)『遠すぎた橋』(77年)『薔薇の名前』(86年)など話題作への出演を続け、87年の『アンタッチャブル』でアカデミー助演男優賞を受賞している。

そのあとは、渋さを増した重鎮として存在感を発揮。『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(89年)『レッドオクトーバーを追え』(90年)『理由』(95年)『ザ・ロック』(96年)『小説家を見つけたら』(00年)などで活躍を見せたが、75歳となった05年に俳優業引退を表明していた。

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