日本女子サッカー史 4. なでしこの栄冠

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東日本大震災となでしこの戦い

なでしこジャパンがポルトガルから帰国し成田で解散した数時間後、東日本大震災が発生した。監督の佐々木則夫は選手全員の安全を確認した後、「なでしこジャパンは、ワールドカップに出場出来るんですか」の確認をとる。

協会の判断は「問題ない」だったが、選手たちの心は揺れていた。あまりの被害の甚大さに「こんな時にサッカーをしていいのか」という負の心理に落ち込んだのだ。

原発事故で東京電力マリーゼはサッカーどころではなくなり、練習拠点のJヴィレッジも災害対策の前線基地となった。マリーゼの選手だった鮫島彩は、関係者の尽力もあり急遽アメリカのチームへ移籍する。原発が停止し計画停電が実施された関東のチームはナイター練習が出来なくなり、練習グラウンドが液状化で使えなくなったクラブもあった。

なでしこリーグ開幕は延期され、カップ戦は中止となった。不安な日々を暮らす選手たちだったが、ワールドカップが近づきなでしこたちは前向きに練習へ取り組む。日本が大変な時だからこそ、なでしこがワールドカップを戦う意義があるのだ。

最後のピース

ワールドカップを目前に、なでしこの戦力は固まりつつあった。GKに身体能力の高い海堀あゆみ。センターバックが石清水梓と熊谷紗希。右サイドバックに近賀ゆかり、左は鮫島。Wボランチはキャプテン澤穂希と阪口夢穂。攻撃的MFに名手宮間あやと、ドリブル突破が持ち味の大野忍。2トップはベテランFW安藤梢と、大型ストライカー永里優季。

しかしまだピースが一つ足りないと、佐々木則夫監督は感じていた。展開が劣勢になった時、リズムを変えられる切り札が必要だった。高瀬愛実や岩渕真奈もいるがまだ経験が足りない。そこで監督の目に止まったのが、しばらく代表から遠ざかっていた丸山桂里奈である。

丸山はキレのいいドリブルと瞬発力を持つ選手だったが、反面スタミナ不足でプレーも不安定だった。北京オリンピックの試合では準備運動をせず途中出場し、すぐにスタミナ切れを起こして澤に激怒されている。それ以来代表には呼ばれていなかったが、佐々木が見た丸山は別人のように走り廻り、守備も頑張るなどプレーの幅が広がっていた。

丸山もかつて東京電力マリーゼでのプレー経験があり、この度の災害が丸山に変化を起こしたのだ。代表に呼ばれた丸山は練習試合でも結果を残し、なでしこの最後のピースに嵌まる。

ドイツ・ワールドカップ開幕

6月、ドイツで第6回FIFA女子ワールドカップが開催した。日本の初戦の相手はニュージーランドだった。格下ではあるが、北京オリンピックでも初戦で顔を合わせ苦戦した相手だ。開始6分、日本は永里のゴールで早々に得点を挙げるが12分に一瞬の隙をつかれ同点、またも苦しい展開となる。

一進一退の状況が続いた55分過ぎ、大野に代えて岩淵が投入された。66分岩淵が得意のドリブルで切り込むと、相手DFが堪らず足を出し日本はFKのチャンスを得る。キッカーはもちろん宮間。宮間は当然の如くボールをゴール右隅に放り入れ、日本は2-1と勝利して大事な初戦をものにする。

2戦目のメキシコ戦は、澤がハットトリック記録する大活躍で4-0と快勝を収めた。しかも釜本邦茂の代表通算得点75を越え、最多得点記録を塗り替えるというおまけ付きだった。2連勝で決勝トーナメント進出を決めた日本は、最終戦引き分け以上でグループ1位が決まる。決勝トーナメントでの組み合わせを考えると、日本は是非とも1位突破を狙いたいところだった。

歴史的勝利 ドイツ戦

負けられない日本は、イングランド戦を1・2戦と同じメンバーで臨む。しかし3戦目の疲れがあるなでしこたちの身体はいつになく重く、反対に負ければ敗退するかもしれないイングランドは闘志をむき出しに攻めてきた。日本は相手の勢いの前に0-2と敗れ、イングランドに抜かれグループ2位となってしまう。

決勝トーナメント1回戦の相手は、開催国で予選リーグ全勝のドイツチーム。ワールドカップ3連覇を狙う優勝候補で、対戦成績7敗1分けと日本は今まで一度も勝ったことがない。地元ドイツの報道は、勝ったも同然の論調だった。

だが佐々木監督や選手たちに気後れはなかった。なでしこの女子には珍しい華麗なパスサッカーは、既にドイツのサッカーファンや関係者を魅了していた。日本が力を発揮すれば、充分ドイツに勝てるチャンスがある。チームは予選リーグの疲れをとるため練習を軽めにし、ドイツ戦の戦い方を選手たちが話し合った。

7月9日のドイツ戦直前、佐々木監督は震災から立ち上がる東北の人々を写した映像を選手たちに見せる。「今自分たちに出来ることは何だろう」のメッセージになでしこは奮い立った。試合が始まると体力に勝るドイツは激しく圧力を掛けてくるが、なでしこたちも奮闘し相手の攻撃を跳ね返した。

だが試合が始まって間もなく、ドイツの司令塔クーリッヒが負傷退場し相手のゲーム運びが単調になる。ここから流れを掴み始めた日本チームは落ち着いてドイツの攻撃をかわし、前半を0-0で終えた。そして後半頭から永里に変えて丸山を投入し、佐々木監督は勝負に出た。

ドイツにはDFラインがばらつくという弱点があり、丸山の背後に切れ込むプレーが生きると考えたのだ。それと永里のプレーが、今ひとつチームにフィットしていなかった。気持ちが前に傾き過ぎ、攻守の切り替えで対応が遅れ気味だったのだ。

しかし後半も一進一退の状況が続き、66分には大野に代えて岩渕を入れるもチャンスは生まれない。そこへドイツが猛攻を仕掛けるがなでしこが身体を張って阻止、日本は珍しく3枚ものイエロカードを受ける。だがドイツも大エース、プリンツにいつものキレがなく日本を攻めあぐねていた。

スコアレスのまま90分が過ぎ、試合は延長戦に入る。だが延長前半も膠着状態が続き、延長後半に突入する。そして延長後半開始3分、石清水が相手FWのプレッシャーをかわし中盤にいた岩淵へ縦パスを送る。その岩淵が横にいた澤へダイレクトでボールを渡すと、澤はすかさず右サイドのスペースにボールを送った。

丸山はドイツのDFラインを抜け出し、澤の出したボールを脇目も振らず追いかける。そしてゴール右横で追いつき深い位置からシュート、ボールはキーパーをかすめ鮮やかに左ネットへ突き刺さった。大歓声が上がり、ゴールを決めた丸山はピッチを跳びはねる。

決勝、アメリカ戦の死闘

延長まで戦ったドイツに日本は1-0と歴史的な勝利を収め、ベスト4入りを果たした。日本はこの試合に勝ったことで、ドイツに用意されていた地元アドバンテージを手にすることになる。準決勝・決勝を、有利な日程と会場で戦えることになったのだ。そしてこの劇的な勝利で、日本になでしこフィーバーが湧き起こる。

準決勝の対戦相手はスウェーデン。日本は中3日、スウェーデンは中2日だ。この試合で永里は先発を外れ、練習で動きが良かった川澄奈穂美が起用された。川澄は監督の期待に応え、豊富な運動力を活かして2得点と大活躍を見せる。

澤も自らのミスで喫した失点を取り返す1点を挙げ、3-1とスウェーデンを撃破し決勝へ進むこととなった。決勝の相手は最強の優勝候補アメリカ。予選リーグこそ不調だったが、勝ち上がるたびにその実力を発揮し始めていた。

7月17日の決勝戦は5万人近い観客を集め、フランクフルトのスタジアムで行なわれる。日本が準決勝と同じ会場なのに対し、アメリカは決勝トーナメントで計850㎞もの移動を強いられていた。アメリカはCFにエースのワンバック。ゴールを守るのは世界No,1キーパー、ホープ・ソロ。中盤にもロイドやラピノーといったいつもの選手が揃っている。

試合開始からアメリカは日本を攻め立て、次々とシュートを浴びせる。日本は圧倒されながらも選手たちが耐え、どうにか前半を凌いで0-0と折り返した。前半アメリカのシュートは12本、日本は5本だった。後半さっそくアメリカは、切り札のFWモーガンを投入する。モーガンは持ち味の飛び出しで、立て続けにシュートを放って日本に襲いかかった。

65分ワンバックのヘディングシュートを海堀がこぼしてしまうが、澤がぎりぎりで掻き出した。すぐに日本は大野と安藤を下げ、リズムを変えるべく永里と丸山を投入する。

だが代わったばかりの永里からラピノーがボールを奪い前線にロングパス、そこへモーガンが快足を飛ばし日本DFを突破した。そしてモーガンが強烈なシュートを放つと、海堀が飛びつくも届かずアメリカに先制点が生まれる。

起死回生 澤穂希の同点ゴール

それでもなでしこたちに動揺はなかった。先制点を奪われるのは想定内であり、点を獲ったアメリカには隙が生まれると解っていたからだ。

81分永里がミスを取り返すべく、アメリカの右サイドで切り返しからゴール前の丸山へクロスを送る。そのクロスをアメリカDFがカットするも、味方DFにボールが当たり宮間の前に跳ね返った。GKソロが防ぎに出るが、宮間は咄嗟に左足でシュートを打ち同点弾を生み出した。

1-1のまま試合は延長に入る。だが延長の14分、モーガンが日本のエンドラインぎりぎりから、ゴール前のワンバックにクロスを出す。ワンバックはクロスを頭でジャストミート、強烈なシュートがネットへ突き刺さった。この勝ち越し弾で、ワンバックを始めとするアメリカ選手たちは勝利を確信する。

だがなでしこたちは諦めず、延長後半に反撃を開始する。延長後半の10分澤が前線のスペースにパスを送り、近賀がシュートを打つもDFにクリアされてしまう。日本はそこで右コーナーキックのチャンスを得るが、ソロの接触プレーによる負傷で治療の時間がとられた。その間に澤・宮間・阪口が集まり、コーナーキックの確認がなされる。

延長後半12分、ソロの治療が終わり試合は再開された。宮間は右コーナーポストから、ニアサイドへ低くて速いボールを送る。澤は自分に付いたマークを振り切りボールを捉えようとするが、日本のプレーを予測していたアメリカDFもクリアにかかる。

だがつま先を伸ばし、一瞬速くボールに触れたのは澤だった。澤の捉えたボールは一度ワンバックの肩に当たり、後ろにいたソロの頭上を越える。日本が再び追いついたその瞬間、スタジアムは大歓声で揺れた。

栄冠を掴んだ なでしこジャパン

残り3分、2-2の同点にされたアメリカが襲いかかってくる。ロスタイム、ゴールめがけて突進してくるモーガンを、石清水がペナルティーエリア寸前でファールし止めた。石清水はレッドカードで退場となったが、日本はその後のフリーキックも凌いでピンチを防ぐ。そして120分に及んだ死闘は終わり、賜杯の行方はPK戦で決まることになった。

佐々木監督はキッカーの4番目に澤の名札を置いた。だがPKに苦手意識のある澤は、自分の名札を一番最後(10番目)に動かした。「今日は充分仕事をしたから、もうお役御免だな」監督が苦笑いを浮かべると、なでしこたちに笑い声が広がった。

PK戦に臨んだ海堀は1本目、脚でぎりぎりシュートを阻止する。そのあとアメリカが続けてPKを外し、後攻めの日本が2-1とリードした。日本4人目のキッカーは熊谷、入れれば勝利だ。熊谷は落ち着いてボールを蹴ると、ゴール左上のネットが揺れた。日本の初優勝が決まり、なでしこたちは抱き合った。

試合終了後閉会式が執りおこなわれ、澤が得点王と大会MVPに輝く。そして最後に選手たちが中央のステージに集まりキャプテンの澤が優勝トロフィーを高く掲げると、日本を祝福する紙吹雪が彼女たちの頭上に降り注いだ。

次:日本女子サッカー 5.一時代の終わり

カテゴリー サッカー史

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