黒澤明「生きものの記録」「蜘蛛巣城」




1954年、アメリカがビキニ環礁で行なった水爆実験により、日本の漁船が放射能被害を受けた“第五福竜丸事件”が起こった。それをきっかけに作られたのが54年の『ゴジラ』と55年の『生きものの記録』である。この映画では当時35歳の三船敏郎が老けメイクを施し、70歳の老人を演じている。

核や放射能の問題を扱った映画と言えば、この後に作られたアメリカ映画の『渚にて』や『博士の異常な愛情』,『未知への飛行』などがある。これらの映画はそれぞれ違ったアプローチで核の恐怖を描いており、見応えのある秀作となっている。

ところがこの『生きものの記録』は、三船演じる老人が核をやたら怖がり、周囲を掻き回すだけという広がりのない物語となっている。そこに社会的な問題定義はなく、ただ単に核問題を個人の恐怖として矮小化し描いているだけだ。しかも最後、正気を失った老人が精神病院に収容されるというラストに、置き去りにされた観客はポカンとするしかない。


黒澤は核を政治問題としてではなく、個人の問題として捉えて欲しいのでこういう作りにしたと述べている。だが彼の意図は成功したとは思えないし、設定が突飛でついて行けない。メッセージが独りよがりで方向性もズレており、黒澤の悪い癖が出た失敗作だと言えるだろう。でもまあ三船の老けメイクと、ラストの太陽を正面に捉えたシーンは印象的だ。

黒澤は晩年にも同じテーマで『八月の狂詩曲(ラプソディー)』を撮っているが、センスの古いこの映画より画面に力強さがある『生きものの記録』の方がまだましとは言える。

興行的にも失敗した『生きものの記録』に続き、黒澤が57年に作ったのが『蜘蛛巣城』である。シェイクスピアの四大悲劇に数えられる戯曲『マクベス』を原作として、能の様式を取り入れ日本の戦国時代に翻案した物語である。主役の三船が、もののけにたぶらかされ、欲に取り憑かれた悲劇の男を熱演している。

表題となっている“蜘蛛巣城”の巨大なオープンセットは、富士山麓の火山灰地に建てられた。黒澤作品では雨、風、雪、太陽など自然現象を駆使し、劇的効果を高める演出が特徴的だが、この映画で使われたのが霧だ。天然の霧が晴れ、山間にそびえる重厚な城が姿を表すシーンは幻想的で水墨画的雰囲気を醸し出している。スケールのデフォルメが好きな黒澤だが、“蜘蛛巣城”の門もやたらでかい。

この他、東京砧近くにも城内のオープンセットを建て、富士山の土を持ち込んで質感を統一、スモークとドライアイスを使って人工の霧を作り出し撮影が行なわれた。また、スタジオに作った室内のセットも全体を黒っぽくし、天井も低くして心理的な圧迫感を強調している。

物語は『七人の侍』のリアルさとは打って変わり、様式美を追求した舞台劇のような世界が繰り広げられる。だが困ったことに、俳優たちの台詞がよく聞き取れない。三船は声が割れて半分くらい何を言っているのか分からないし、もののけ老女の言葉なんてほとんど雑音レベルだ。この聞きづらい台詞の問題は公開当時からだが、デジタルリマスターされた作品では少しましに聞こえるようだ。

まあ、それで話の筋が掴めなくても、黒澤の映像美と俳優の演技だけで充分愉しめる作品だ。特に山田五十鈴が能面メイクの真に迫った表情で、狂態を演じるシーンは彼女の見せ場だろう。黒澤も「これだけ満足したカットは他にない」と後に述懐しているほどだ。

でもやはり『蜘蛛巣城』と言えば、三船に向かって大量の矢が放たれるシーンだろう。このシーンは大学の弓道部員を集め、テグス糸や望遠レンズ効果などを使い撮られている。しかしそれなりの安全対策は取られているとは言え、矢を射かけられ三船の味わった恐怖は相当なものだったようだ。

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